恋がはじまる日

「なぁ、美音」

「ん？」


　椿は言いづらそうに、俯きがちに言葉を紡ぐ。


「あのさ、…えっと、少しだけ、肩借りてもいい？」

「え…」


　唐突にそんなことを言うので、私は驚いてしまった。咄嗟のことで返事をできずにいると、椿は慌てたように付け足す。


「ごめん！やっぱ今のなしで！」

「え？」


　椿は私から顔を背けてしまった。咄嗟にに言葉が出なかったのは、こんな風に甘えてくる彼を見るのは初めてだったから。小さい頃からずっと一緒にいるけれど、椿は私に弱いところをあまり見せようとはしなかった。どちらかと言うと、恥ずかしながら私ばかりが彼に頼っていたように思う。


「いいよ」

「え？」


　私の返答に、彼は目を丸くしていた。


「肩、使っていいよ。疲れたんでしょう？幼なじみのよしみと言うことで！」


　そう言うと椿は、嬉しそうな照れくさそうな顔をして笑った。


「サンキュ」


　今日の体育祭で一番頑張ったのは間違いなく椿だろうし、この打ち上げだって仕切ってくれているのは彼だ。少しくらい休ませてあげたい。


「…あー、ずっとこうしていられたらいいのに…」


「ん？」

「あ、あー！そろそろ俺もまた歌ってこようかな！」


　何か言った気がして聞き返したけれど、彼は「ありがと！」と言って、また賑やかな輪の中に戻って行ってしまった。

　相変わらずすごい体力だなぁ。