恋がはじまる日
   *      *      *


 俺はその場に一人残り、彼女の後ろ姿を見送った。

 さっきまでもそうしていたように、外階段の踊り場に出る。扉に寄りかかり、冷たい空気を目一杯吸い込んだ。騒がしく跳ねる鼓動には気付かないふりをする。

 事故とはいえ心臓が疲れた。精神が摩耗した。


 二人が楽しそうに話している姿を見ていられなくて、外に出たというのに。どうしていつもあいつは…。


「はぁ…」


 大きなため息を出さざるを得ない。

 この気持ちをどうこうするつもりはなかった。


 …はずなのに。


 もう取り返しのつかないところまできてしまったのだと、認めざるを得なかった。

 俺はどうしようもなく、彼女が好きなのだ。


 空を見上げて、俺はまた深くため息をついた。


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