恋がはじまる日
 私はふらふらとした足取りでカフェテラスへと戻ると、握りしめていたココアのプルタブを引いた。
 ひとまず温かいココアを飲んで落ち着こう。牛乳入りのココアには、心を落ち着かせる効果があるって、昔なにかのテレビで見た気がする。
 そう言い聞かせながらココアを一口啜る。温かさと甘みがじんわりと広がり、心を落ち着かせてくれる気がした。

 はぁ、と吐いたため息は、白くなって一瞬で消えた。


 藤宮くんが好き。ただ他愛もないことを話して、一緒に過ごせる時間が好き。

 それだけでいい、って思ってた。

 けれどそれは、藤宮くんに彼女が出来てしまったら、当たり前ではなくなってしまう。


 私はどうしたらいいんだろう。私は藤宮くんとどうなりたいんだろう。

 私はまたココアを一口、喉に流し込む。目を閉じ、冷たい空気を思いっきり吸い込む。しんしんとした冬の空気が全身を震わせた。


 思わず、「寒い!」と声を出したところで、温かい何かが私の頬っぺたにくっついてきた。


「わっ」


 驚いて声を上げると、私の顔を覗き込むように、藤宮くんが立っていた。


「あ、ふ、藤宮くん…」


 温かい何かは、ココアの缶だった。ちょうど私が飲んでいるものと同じものだ。


「こんなところで何してるんだ?」

「え!ええと、ココア休憩中、かな」

「こんなに寒い外でか?」

「う、うん」

「ブレザーも着ずに?」

「う、うーん」

 ぎこちなさすぎる笑顔で中途半端な返事をすると、彼は訝しげに私の顔をまじまじと覗き込んだ。その顔の近さに、心臓が早鐘を打つ。顔が一気に赤くなるのを感じた。


「まあ、いいや」

 そう言って藤宮くんは私の隣に腰を下ろす。
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