恋がはじまる日

 そっか、ここまで連れてきてくれたの、藤宮くんだったんだ。また助けてもらっちゃった。

 何故だかその事実がやたらと恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じた。繋いでくれていた手の温もりを思い出して、更に顔が火照る。

 椿以外の男の子と手を繋ぐの、初めてだったな。

 私が黙っている間、藤宮くんも特に話し掛けてくることはなかった。人混みをただただ見つめている。

 藤宮くん、椿が来るまで一緒にいてくれるのかな。あ、藤宮くんの私服初めて見た。

 バイト帰りだからか、Tシャツにジーパンという簡素な恰好ではあるが、なんというか、かっこいい人ってどんな服着ててもかっこいんだなぁ。
 などとまじまじと彼を見てしまった。私も慌てて人混みへと視線を戻す。


 心臓の音がやけに大きく聞こえる気がした。

 彼の様子をこっそり横目で盗み見てみた。


 しかし一瞬見ただけにも関わらず、彼は私の視線に気付いてばっちりと目が合ってしまう。


「あ、」


 彼は何も言わず、私の顔を見ている。
 それだけのことがとても、居心地が悪いと言うか、とにかくものすごく落ち着かなくて、私は視線を空へと向けた。
 この場の空気に耐えられなくなった私は、独り言のようにつぶやく。


「つ、椿まだかなぁー。さっき連絡あったから、そろそろこっちに着く頃だと思うんだけどなぁ」


 そう言いながら、藤宮くんをちらっと見やると、軽くため息をついたような気がした。


 なんだか急にうまく話せなくなったみたいだ。なんでだろう。さっきまで教室で話していたのに。
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