恋がはじまる日

 家庭科室内に包丁の小気味いい音と、食欲のそそるいい匂いが満ちていく。作っている私までお腹が空いてきてしまった。注文も順調に入っている感じから察するに、うちのクラスは割と盛況なのではないだろうか。

 隣をちらっと見ると、藤宮くんがパスタとソースを絡めてお皿に盛っているところだった。

 真面目にやってくれてるなぁ。藤宮くん、勉強もできるし、スポーツも得意そうだし、まあ、しゃべらなければかっこいいし、結構なんでもそつなくこなすというか。そりゃモテるよね。転入当初は女の子に囲まれていたけど、最近はそんなこともなくなった。女の子に興味なさそうだもんなぁ。あまり誰かと一緒にいるところも見ない。あ、でもこの前椿と一緒にいたよね。二人とも仲よくなったんだなぁ。


「痛っ」


 そんなことを考えていたせいで、注意力が散漫になってしまっていたようだ。気付かないうちに指を切ってしまったらしく、じんわりと血が出てきていた。

 やっちゃった…包丁を扱っている時に考え事だなんて、不注意すぎる。
 救急箱がどこかに用意してあったはずだと思い、しょんぼりしながら辺りを見回してみる。


 すると目の前にすっと絆創膏が差し出された。藤宮くんが呆れたようにこっちを見ている。


「あ、ありがと」

 彼は浅くため息をつく。

「お前、ほんとドジだな」

「…………」


 返す言葉もございませんが、そんな言い方しなくても。私が不注意だったのが悪いんだけどさっ。

 ちょっとばかりむくれていると、彼は私が使っていた包丁を握った。


「貸せ、俺が切る」

「え?」

「その指じゃ無理だろ」

「で、でも、」

「何?」

 な、何って。危なくないかな、大丈夫かな。私が言えた義理ではないけども。


「お前は野菜炒めてろ」

「う、うん」

 私は言われるがまま、フライパンにベーコンと野菜を入れ炒め始めた。
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