私の想いが開花するとき。
カタカタと静かなオフィスに里穂の打ち込むキーボードの音だけが響いていた。電気はもう消えていて、光っているのは里穂のパソコンくらいだ。後輩に仕事を代わってほしいと頼まれて今日も残業している。
でもそれが里穂にとっては少しありがたかった。愛のない、温かな光の灯らないあの家に帰るのが毎日億劫だったから。
ピコンっと音が鳴りスマホの画面が光った。健治からのラインだ。
’’今日も残業、遅くなる’’
健治は連絡をくれるのが遅い。今日だって既に夜の十時を過ぎているのに残業と連絡をしてくる。役所勤めの健治は残業が多い。それにしても役所で定時は五時半なのに十時は遅すぎやしないか? と思うが里穂はどうしてこんなに残業が多いのかとは聞いたことは無かった。多分、いや、きっと健治は浮気をしているような気がする。だから怖くて聞けないのだ。
「はぁ、疲れた」
盛大な独り言を言いながら肩を回すと盛大に骨がバキバキと音が鳴り、肩こりヤバいなぁと思いつつもう一度パソコンに向かった。
「ははっ、すげぇ音。骨割れそうじゃん。お前、普段からこんな遅くまで残業してんの?」
その声を聞いた瞬間、ドクンと心臓が大きく高鳴なった。自分しかいないと思っていたオフィスから男の声がしたからだ。それも里穂がよく知っている懐かしい、声。
「宏太。ん〜まぁたまーにかな。毎日じゃ疲れちゃうしね」
宏太はガチャンと雑に隣の椅子に座ると長い足を組みながら里穂を見つめた。
心臓が、煩い。