【短】報われない片想いは無益だと思いませんか…?

半年前。
連日の残業に、辟易してタブレット端末相手に溜息を吐いていると、後ろからとんとん、と背中を突かれた。


「はい?」


少し苛々していたのだろう。
眉間に思い切り皺を寄せて、振り向くと驚き顔の主任……である、園部駿(そのべしゅん)と視線が合った。


「小宮山くん、ここの所仕事詰めてるみたいだね、お疲れ様」


そう言って、差し出されたエナジードリンクに、私は彼とそれを交互に見てぷっと噴き出してしまった。


「あれ?もしかしてエナジードリンク駄目だった?」


これまた、的外れな台詞。
私はくすくすと小さく笑って、首を横に振る。


「いえ…っ、エナジードリンク…凄い良いタイミングだなって…っ」


そういうと、また可笑しくなってふふふっと笑った。


それが、彼のツボに嵌ったのか…それは今でも分からない。

気付けば、私は彼に肩を抱かれ不夜城と化した繁華街の中のホテルに溶け込んだ。


そして、それが通常の事になったのだ。


可愛いって囁かれ、綺麗だなって背中にキスを落とされる。


それでも、肝心な言葉はなかなか心には届かない。


だから、私も求めなかった。
…私から求めたら、イケナイと頭の何処かで警報が鳴り響いたのだ。


「愛してる」


その六文字…。

重さは人それぞれだけれど、私にとってそれは多分、他の誰よりも深い意味を持っていたようで…。


「悔しい…なんて、そんなの負け惜しみじゃないの…」


綺麗に整えたジェルネイルの、パールの部分をかしっと八重歯で軽く噛んで、私は一人になった狭くて仄暗いホテルの一室の…温度の無くなった冷たいベッドの上で、そう呟いた。


始めから全てを知っていたら、なんて完全に言い訳だ。

分かってる。
でも、許せない。


重い愛なら、背負いたくはない。
なのに、どうして…また求めてしまうのだろう?


痛い。
ヒリヒリと灼けていく心。
痛い…。
声にならない悲鳴を上げて裂けて行く想い。


冷え切ってしまったベッドの温もりを追うように、手を伸ばし掛けて…止めた。


手に入らないものを、懇願して手に入れたとしても。
嘘に塗られたアイで、全てを固めても…。


何も生まない非生産的な私達の関係。


もう少し、素直に泣けば良かった?
私からもっと強く抱き付いて、せがめば良かったの?

その問い掛けに、応えてくれる人なんていない。


身支度を整えると、軽くメイクをして部屋を出た。


好きでもない男に身体を開く、そんな女じゃない事は…彼だって知っているだろうに。

何処までも、私の心をささくれ立たせる不器用なヒト。


「潮時ね…」


夜の風はまだ生温く、不愉快な物だった。
私は既に精算されていたホテルを出た後、気持ちの整理を付ける為に、フラフラと街を彷徨った。


けして、報われない片想い。

それを認めたらもう、終わりなんだ。

その証に、彼はもう私の元には戻らないだろう。

それでも、…彼への想いを断ち切れずに静かに頬を濡らした雫は、私の最後の強がり。


とことん、付き合って…嘘を重ねて彼女へと憎しみを与える事は、それこそ無益な物だ。


だから、私は最後にふわりと微笑んで…この偽りのアイに、終止符を付ける事にした


「さよなら、駿…多分、私は本気だったよ…」


過去形にするには痛過ぎる気持ち。
自分の半身を引き千切られたような鈍い痛み。
流れない血と涙。


報われないなら、捨ててしまえばいい。
大切な人がいる相手に何時までも執着をする自分ではいたくない。


だから、もう一度だけ…呟いた。


「さよなら…」


縋りつくのも縋りつかれるのも、嫌いな私。


ねえ?
神様がもしも其処にいるのなら…。


永久への誓いを私に返して。


孤独に縛られない、アイを下さい。


それ以上は、望まないから…。


Fin..
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