彼とはすれ違う運命
3度目の偶然は、紗英が結婚してからだった。
取引先の社員として働いていた大和と三度(みたび)関係を持つのに、そう時間はかからなかった。




いつものように夫の出張中に大和との逢瀬。
二人の間に無駄話は一切ない。不倫だからだ。

お互いわかっていた。
いつか大和の、紗英の気持ちが変わってしまうのが怖くて。
恋人から奪う勇気もなく、それでも惹かれ合う気持ちが止められない。

人に言えない関係だから。
せめてものルールで決して言葉に出さない。
その代わり、身体中で相手への想いを紡ぐ。

好きだ。
愛してる。
その2つの言葉を眼差しに、唇に、指先に込めて。


「なぁ、紗英」
彼が帰り際、珍しく話しかけてきた。
「何?」
紗英の返答は短い。下手に情を入れないためだ。
少しだけ言い淀んだ彼は、覚悟を決めたように言葉を放った。
「旦那と別れるつもりあるか?」

二人の間にあった暗黙のルールを破ったのは大和だった。
いつになく真剣な大和の表情に、紗英はこれが最後の分岐点と感じ取る。
大和と共に生きていくかどうかの。

一瞬の内に色んな感情がよぎる。
だが、答えは決まっていた。

「……ないわ」
少しだけ声が震える。つばを飲み込んで、紗英は大和の顔を正面から見据えた。
「約束したもの。病めるときも健やかなるときも一緒に歩むって」


「そうか」

長い沈黙の後、大和はそれだけを言った。
寂しい笑みをたたえて。




大和が海外の支店に転勤になったと知ったのは、彼が日本を立ってから1ヶ月後のことだった。

紗英はそっとお腹を撫でる。
お腹の中に宿っている命。時期的に夫の子か大和の子かはわからない。
だが紗英は、大和の子だと確信していた。

「元気に生まれておいで」
誰にも話さない、紗英だけの秘密。
愛おしそうにお腹を撫でながら、紗英は夫と決めた名前で呼びかける。

「愛してるよ、大和」
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