青時雨

 目を開けると、私は東京にいて、雨に包まれた外苑東通りを南へ走るタクシーの中だった。
 神宮外苑と赤坂御苑を越えて、タクシーのフロントガラス越しに、青山一丁目交差点の信号が見えてくる。

 彼のオフィスまで、あと少し。
 私は、耐えられるだろうか。
 あの、猛々しくて優しい瞳に見詰められて、自分を保てるだろうか──。

 南青山の瀟洒なオフィスビルのエントランスをくぐり、カウンターの前で待ち合わせたカメラマンと合流すると、私は無人のカウンターに置かれたインターホンに、約束の取材に訪れたことを告げた。

 その後、エレベーターに乗って彼のオフィスに上がるまでの光景は、よく覚えていない。
 息が苦しくて、今にも倒れそうだった。

 そして秘書の女性に導かれ、私はオフィスの中に足を踏み入れた。

 一面ガラス張りの大きな窓を背景に、がっちりと背の高い人影が、カジュアルシャツにスラックスという装いで、私を待っていた──。

「『月刊ヘレン』の戸田と申します。事前にお約束をいただいておりました清水が、本日こちらに来るのが難しくなりましたので、私が代役を務めさせていただきます」

 なるべく視線を合わさないように目を伏せながら、私は片桐社長──悠介さんに名刺を差し出した。
 悠介さんは一瞬立ち止まり、そしてまた何事もなかったかのように私に歩み寄って、口を開いた。

「ようこそ戸田さん。お待ちしておりました」

 伊東のマリーナで睦言(むつごと)を交わしあった艶のある声が、私の全身を包んだ。
 思わず視線を上げると、猛々しくて優しい瞳が、私のことをじっと見詰めていた。

 インタビューの間、悠介さんは終始落ち着いた様子で、こちらの質問に(よど)みなく答えてくれた。でも彼の視線は、ぴたりと私を据えて動かなかった。

『なぜ知らんぷりをするのです、純さん──?』

 彼の心の声が、聞こえた気がした。

『あれは一夜限りのことです。私はここに取材で来ています。お願いです、これ以上私を困らせないで──!』

 胸の奥でそう叫びながら、私は早口になりそうな自分を懸命に抑えて、手のひらに汗をかきながら、インタビューを続けた。
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