青時雨
護国寺
悠介さんと逢瀬を重ねるうち、彼が既婚者だということは気にならなくなっていた。元々、生活の埃を感じさせない人だったし、私は学生に戻った気分で彼との恋に耽溺した。
そんな浮ついた気持ちに、罰があたったのかもしれない。
それは、突然にやってきた。
「戸田さん、来客ですよ」
その日の午後、スタッフに予定外の来客を告げられた。
誰だろうと、来客の名を聞いてみた。
「片桐さんとおっしゃる女性の方です。お会いになられますか?」
世界が割れる音が聞こえた。
胸を押さえながらエレベーターでエントランスに降りた。
そこにはライトグレーのワンピースを着た、細身の女性が立っていた。
「戸田純さん、ですね」
私は、凍り付いたように動けなかった。
その女性は能面のような表情のまま、唇だけを動かして、言った。
「はじめまして、片桐の妻です」