青時雨
「緊張なさっているようね、無理もないわ」
片桐さんは言った。
「でも私は、あなたに罰を与えるつもりはないわ。忠告をしに来てあげたの」
そして口元に笑みを浮かべたけど、目は昏い澱みに沈んだままだった。
そんな冷えた雰囲気に包まれたまま、悠介さんの奥様は、私に言った。
「戸田さん、目を覚ましなさい。あなたは遊ばれているの」
「……」
「悠介に愛されているなんて、騙されては駄目。あの男はあなたを言葉巧みに誑かして、あなたの身体を貪っているだけ」
「片桐さん……」
私は、背筋に冷たいものを感じた。
悠介さんの奥様の様子が、尋常ではなかった。
片桐さんの口元は微笑んでいるのに、瞳は昏い鬼火を灯している。
カタカタと音がするので気がついた。
片桐さんの身体が、小刻みに震えていた。
自分の異変に気付かない様子で、片桐さんは語り続けた。
「あの男は、女を卑しめることしか頭にないの。気ままに誘って、抱いて、飽きれば捨てて、新しい女に変えるだけ。私もあなたも同じなのよ」
片桐さんの震えは大きくなって、テーブルに震えが伝わってコースターの上のカップから、コーヒーが溢れ出すほどだった。
急に片桐さんが手を伸ばして、私の腕を掴んだ。
「痛──!」
「細い、綺麗な腕ね。この腕を悠介の腕と絡めたのね」
「は、放して……」
「その唇で、悠介とキスしたのね。その身体で、悠介に抱かれたのね」
片桐さんが急に立ち上がった。テーブルのコーヒーカップが床に落ちて、音を立てて割れた。
ライトグレーのワンピースにコーヒーの染みをつけたまま、片桐さんは立ち上がり、私の首に両手をかけた。
凄い力で、息が出来ない。
片桐さんは笑うような泣くような顔をしながら、私の首を締め上げている。
彼女の甲高い笑い声が、店内に響き渡った。