青時雨

 私は悠介さんに背を向け、シーツを身体に巻きつけるようして、泣いた。

 悠介さんは、何も言葉を発しなかった。
 彼はただ、私の背中を見詰めて、立ち尽くしているようだった。
  
 きっとこれで、私たちは終わる。
 彼の優しさに背を向けた私を、彼は見限るだろう。
 愛とも言えない罪深い私たちの関係は、ここで途切れる。
 そして──。

「純さん、教えてください」

 ふいに、悠介さんが口を開いた。

「僕がいなくなれば、あなたは自分を取り戻せますか?」

「……」

「あなたの輝きを、僕が曇らせることしかできないのなら、僕はあなたの前から消えます。それしか、あなたを守る方法がないのなら」

 悠介さんは、静かに言葉を繋いだ。

「純さん、今までありがとう。こんなにあなたを苦しめてしまって、ごめんなさい」

 優しい彼の声に乗って、彼との記憶が甦る。

 朝日に輝く伊東のマリーナでの出会い。  
 夕暮れの海上で初めて交わした口付け。     
 そして伊東のマリーナに戻ったヨットの中で、彼と一夜を共にした。

 取材で訪れたオフィスビルで、導かれるように彼と再会し、彼に愛され、彼の闇を知った。
 
 つかの間の優しい日々を重ね、その報いを受けるように、私と悠介さんは今、白い病室で別れようとしている。

「純さん。こんな僕を、愛してくれてありがとう」

 悠介さんが、そっと息を漏らした。

「純さん、愛しています。──さようなら」

 悠介さんの靴音が響いて、ドアノブに手を掛ける音がする。
 私たちの愛が、終わる──。

「悠介さん!」

 私は半身を起こして、彼の背中に叫んでいた。
 悠介さんは弾かれたように振り向き、そして次の瞬間、息がつまるほど強く、私を抱きしめた。
 彼の分厚い手が、私の背中をまさぐった。

「悠介さん、行かないで……。私を一人に、しないで……」

 彼の広い背に腕を回して、私はうわ言のように繰り返していた。

 天の裁きに背くように、私たちは離しかけた手を再び繋いだ。
 結末はもう、決まっていたのかも知れない。
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