青時雨

 美術館の建物に入ると、中はおとぎ話の領主の邸宅そのもので、採光窓に嵌め込まれた色とりどりのステンドグラスが、陽の光を浴びて謳うように輝いていた。
 建物の奥からは、パイプオルガンの音色
も流れてきた。

 オフシーズンの平日のためか、入館者は多くはなかった。

「奥のチャペルで演奏しているみたいですね」

 悠介さんが言った。

「僕たちもご一緒させてもらいましょう」
  
 チャペルの中は、壁一面のステンドグラスから紅や碧に輝く光が降り注ぎ、荘厳なパイプオルガンの音色と交わり合う、まさに天使が降り立つような空間だった。
 私たちは他の入館者に混じって、使い込まれた木製の長椅子に腰掛けた。

 祭壇には大きなパイプオルガンが備え付けられて、白いドレスを(まと)った髪の長い女性奏者が、身体をゆったりと揺らしながら美しい音色を奏でていた。

 私は静かに息をしながら、その美しい色彩と音の輪舞曲(ロンド)に身を委ねた。

「純さん、ご存知ですか?」

 悠介さんが小声で囁いた。

「このチャペルでは、実際に結婚式も執り行われるんですよ」

 知っている。
 浮気されて捨てられたかつての恋人と、こんな素敵な場所で挙式できたらと、私も夢見ていた時期があった。

 小さく頷く私に、悠介さんはこう囁いた。

「結婚しませんか? 僕たち、この場で」

 目を(みは)る私に、悠介さんは、

「牧師も立会人もいない結婚式です。でも僕たちの愛は、誰にも認められず、誰からも赦されないものですから。せめて僕たち二人で、お互いを赦し合いましょう」

 小声でそう言って、そっと微笑んだ。
< 37 / 45 >

この作品をシェア

pagetop