青時雨

 潮騒と海の光に包まれて、ヨットは海上を進んだ。
 穏やかな波のうねりに、ヨットは揺りかごのように揺れて、海を渡る風が、ひんやりと頬を撫でていた。

「そろそろ戻りますか?」

 時計を見ると、マリーナを出てからもう1時間以上経っていた。ここでUターンすれば、昼前にはマリーナに戻れる。

「わがままを言わせていただければ、もうしばらく海の上にいたいです」

 あなたとこのまま、二人きりでいたい。
 その心の声は、言葉にしなかった。

「ではこのまま、大島辺りまで行きますか?」

 悠介さんが言った。

「お昼はヨットの上で食べることになりますけど、それでよろしければ」

 さらに1時間ほど帆走して、ヨットは大島の小さな入江に(いかり)を打った。

「港に着けないのですか?」

「上陸しないのなら、これでいいんです」

 彼はそう言うと、私をキャビンに誘った。
 タラップを踏んでキャビンに入って、私は「わぁ」と声をあげた。
 
 彼のヨットのキャビンは、予想以上に広くて、落ち着いた色の木目で彩られていた。天井がガラス張りになっていて、降り注ぐ陽光でシェードを引いていても、キャビンはサンルームのように明るい。
 周りを囲むように白いソファーが並んで、テレビやエアコン、黒い無線機も見える。
 デッキからキャビンに降りるタラップの横には、シンクとコンロに冷蔵庫、オーブンレンジまで付いていた。

 豪華で機能的で、清潔。 
 彼が休日をここで過ごしたくなる気持ちも理解できる。

 キャビンのソファーに腰かけて、キョロキョロと船内を見廻す私に、悠介さんは冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出して、手渡してくれた。

「酔ったりしませんでしたか?」

「大丈夫です。こう見えて、乗り物には強い方ですから」

「──純さんは、可愛い人ですね」

 真っ赤になる私に、悠介さんは優しく微笑みかけて、こう言ってくれた。

「あらためて、乾杯しましょう。この日の出会いに」

 
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