青時雨

 缶ビールを飲み干すと、悠介さんが切り出した。

「純さんは、泳ぎは得意ですか?」

「人並みには……」

 ちょっと待って。
 確かに海は綺麗だけど、まだ泳ぐには早いし、私は水着の用意なんかしていない。  
 
 少し身構える私に、彼は苦笑いすると船首のドアを開けて、隅の方から何かを取り出してきた。

「まだ水が冷たいから、ウェットスーツを着てシュノーケリングしましょう。ちゃんと女性用もあります」

 彼はインナーの代わりにと、白いTシャツとトレーニングパンツも貸してくれた。

 私は船首の部屋のドアを閉めて、内鍵をかけた。
 船首の形に先細るその部屋はベッドルームになっていて、天井は低いけど大人二人が過ごすのに十分なスペースがあった。壁にはクローゼットも付いている。

 私は服を脱いでハンガーに掛けながら、自分の呼吸の音を聞いていた。

 今夜私はこのベッドで、彼に抱かれるのだろうか。
 それより、今まで何人の女性が、ここで彼に抱かれてきたのだろう。

 優しく包み込むように笑う悠介さんは、実は女の身体と心を(むさぼ)り喰う、獰猛な獣なのかも知れない。

 ならばそれでいい。私は今の自分を粉々に砕いて、全て忘れてしまいたかったから。

 今夜、大人しく彼の(にえ)になろう。彼に食いちぎられ、噛み砕かれて、呑み込まれてしまおう。
 そうすれば朝の光は、昨日とは違った輝きで私を迎え入れてくれるかも知れない──。

 私はウェットスーツのファスナーを上げると、扉を開けて「お待たせしました」と声をかけた。
 
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