青時雨

 デッキの悠介さんは、もう黒のウェットスーツに着替えていた。筋肉質の身体の線が顕になって、少し目のやり場に困ってしまう。

「とてもお似合いですよ、純さん」

 悠介さんは朗らかに笑うと、私の手を引いた。
 
「さあ、行きましょうか」

 デッキの上では、太陽の光が白く輝いて、全てを灼いていることろだった。

 デッキ後部のシートスペースには、日除けに防水布の幌が掛けてあって、私たちはその日陰で足にフィンを付けて、ゴーグルとシュノーケルを手に立ち上がった。

「この船には面白いギミックがあって」

 そう言いながら悠介さんが、船尾の金具を外して外板を軽く蹴ると、パタンと板が倒れて即席の乗降デッキができた。
 
「即席のスターンデッキです」

 折りたたみ式のスターンデッキには、泳いでから船に戻るための金属製のタラップまで付いていた。
 私たちはそのスターンデッキでゴーグルとシュノーケルを付けて、足から碧い海に飛び込んだ。

 頭の先まで海に浸かって、透明な泡に包まれながら、キラキラ光る海面に上がる。
 水深は、5メートルくらいか。

 海面に顔を出すと、悠介さんが右前方を指差して、フィンを蹴って泳ぎ始めた。 
 その後に付いて泳いで行くと、前方に黒い影のようなものが見えてきた。

 近づいて見れば、それは海底から隆起する大きな岩で、ごつごつした岩肌が海の生き物の、格好の住処(すみか)になっているようだった。

 つまり──。

「わあ……」

 岩場に隠れる、色とりどりの小魚たち。
 銀色の鱗を煌めかせながら乱舞する、イワシの群れ。
 その魚たちにつられて、アジやハギ、サバの群れも大きく輪を描いて、泳いでいる。

 まるで竜宮城に迷い込んだようだった。

 私は一旦海面に上がって悠介さんと顔を合わせると、にっこり微笑んで、また海面にゴーグルをつけて、ゆっくりとシュノーケリングを楽しんだ。
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