姫の騎士
11、アデールの姫
セルジオの頭から離れないことがある。
アンは一体何者なのか。
「わかりました。アデールのアンは、アデールの姫の双子の兄、アンジュ王子ですよ」
その謎の答えはカルバンからもたらされたのである。
「つまり、ジルコン王子はアデールの麗しき双子といわれる兄妹を、ふたりとも手に入れたというわけです」
「姉妹をふたりとも妃にするという話はないことはないが、姫を妃に、王子を愛人にというのはありえないような……」
信じがたい事実に、朝食をたべていたルイは顔色を変え、無言で席を立った。
カルバンはルイを見送る。
その口元には満足気な笑みが浮かんでいる。
「怒っていってしまいましたね。ルイ殿は、常識や規律や規範に囚われがちなところがありますね。一線を越えていくものが許せない特性は、治安警察に向いています。今の仕事は天職ではないかと」
「俺は、許せないというよりもむしろ、理解できないために、ただ思考がフリーズしているだけなんだが」
カルバンはさもセルジオが受けた衝撃をわかったかのようにうなずいた。
「双子はそっくりだそうですよ。アンとそっくりな姫だからさぞ美しいことでしょう。姫はわたしを選びますよ。わたしは気品もあり貴族社会の社交事情にも精通している。今、王妃の教育を受けているそうですが、どんな時でも不測の事態は起こりえます。わたしなら、騎士として常に傍にいてアデールの姫を支えてあげられますから」
カルバンはセルジオに顔を寄せた。
さらさらの髪がセルジオの頬に触れる。
カルバンは、いままさに思い付いたように言う。
「アン殿はセルジオ殿を気に入っておられる。アン殿がジルコン王子の愛人ならば表立ってはその身分を明らかにできないかもしれない。そういう方に正式な騎士はつけられません。ですが、護衛としてなら可能です。セルジオ殿はアン殿の護衛になればいいのではないですか?セルジオ殿が、そう希望されれば、なにも最終面接をするまでもなく収まるべきところに収まって、皆納得いく結果になるのではないでしょうか……」
セルジオは近すぎるカルバンを押しのけた。
「今度は俺に心理戦か?」
「いえ、ありえる可能性の形として申し上げただけです」
「そもそも、アンがアデールの王子ということが信じられない。アデールの姫の顔を見れば、信じようもあるかもしれないが」
「面接まで待てないというわけですか」
「今すぐ確認したい」
カルバンは少し考え、少し待っていてください、と席を外す。
今は二人しかいない食堂を出て、女官をつかまえて何やら話をしているようである。
女官の情報では、アデールの姫は王妃教育のために、午前中は図書館に行かれるとのこと。
どうやって、機密情報を聞き出したかなど、セルジオは知りたくもない。
アンがアデールのアンジュ王子という情報も、カルバンはどうやって得たのか。昨夜のうちに、女官の誰かに聞きだしたのかもしれない。
「どうしますか?」
「もちろん、顔を見る」
「拝顔すると言って欲しいところです」
セルジオとカルバンは、午前中は自由参加であった騎士研修を休み、図書館に行くことにした。
そして、入り口で本を手にして立ち読みつつ、アデールの姫が来るのを待つ。
アデールの姫はやってきた。
遠目から別の二人と一緒だった。
王妃と女官のようである。
「王妃が一緒だと頭を下げなければならない。いったん後ろを向きましょう。直前まで気が付かないふりをして、振り向きざまに、姫の尊顔を確認しよう」
セルジオに異論はない。
石畳を歩く三人の足音が変わる。
彼らと同じ、大理石のフロアーを歩く音。
三人のなかでも一番軽い足音がアデールの姫だとわかった。
足音を聞き、これ以上ないというところでセルジオとカルバンは振り返った。
三人の女の顔が一斉に二人に向いた。
ひとりは髪を高く結い上げたアメリア王妃。
もうひとりは王妃と顔立ちの似た女官次長。
もう一人は、スラリとした肢体に華美ではないが上質なシルクの衣裳を纏う娘。
肩にかかる金の髪を下ろし、アメジストの耳飾りをしている。
その目は、青灰色の宝石のような美しい瞳。
セルジオを見て、大きく目を見開いた。
まるで、ここで会うはずのない人と出会ってしまったかのように?
同じ瞳。
同じ髪。
背丈も、体つきもよく似ている。
性別が女というだけで、アンが女装しているといっても間違いではないような気がする。
双子というものはここまで似ているものなのか。
だから、ジルコン王子は、男のアンに惑ったのだ。
いや、逆かもしれない。
アンを愛するが故に、同じ顔の姫を妻にするのか。
ジルコン王子の本命は、アンなのか。
ぐるぐるととりとめのない思考が渦巻き、カルバンと王妃たちの会話はセルジオの耳に全く入ってこない。
「あら。カルバン殿ではないですか」
「おはようございます。王妃さま。今、アデールの姫の騎士の選抜に来ておりまして。このセルジオと最終に残っているのです」
「まあ。この方と最終ですって?」
王妃は意外そうに言う。
セルジオの赤毛に眉をひそめた。
だが、王妃は深追いはしない。
気になることは、本人に聞かなくても調べる方法はいくらでもあるからだ。
「カルバン殿とセルジオ殿のどちらがなられても、しっかりと姫にお仕えすることを願っていますよ」
王妃は言い、頭を下げる二人の前を三人は行く。
足音が聞こえなくなるまで二人は頭を下げ続けた。
「アンが本当に、アデールの姫と双子の兄であることは間違いがないようですね。姫と王子をエール国に奪われて、アデール国内は大変なことになっているのではないでしょうか。アデールが弱小の田舎の国で、いくらエールが森と平野の国々の宗主国という力の差が歴然とあり、ジルコン王子が狂王フォルスの息子、世継ぎの王子だとしても……」
カルバンがため息交じりに言う。
ため息をつきたいのはセルジオも同様であった。
アンは一体何者なのか。
「わかりました。アデールのアンは、アデールの姫の双子の兄、アンジュ王子ですよ」
その謎の答えはカルバンからもたらされたのである。
「つまり、ジルコン王子はアデールの麗しき双子といわれる兄妹を、ふたりとも手に入れたというわけです」
「姉妹をふたりとも妃にするという話はないことはないが、姫を妃に、王子を愛人にというのはありえないような……」
信じがたい事実に、朝食をたべていたルイは顔色を変え、無言で席を立った。
カルバンはルイを見送る。
その口元には満足気な笑みが浮かんでいる。
「怒っていってしまいましたね。ルイ殿は、常識や規律や規範に囚われがちなところがありますね。一線を越えていくものが許せない特性は、治安警察に向いています。今の仕事は天職ではないかと」
「俺は、許せないというよりもむしろ、理解できないために、ただ思考がフリーズしているだけなんだが」
カルバンはさもセルジオが受けた衝撃をわかったかのようにうなずいた。
「双子はそっくりだそうですよ。アンとそっくりな姫だからさぞ美しいことでしょう。姫はわたしを選びますよ。わたしは気品もあり貴族社会の社交事情にも精通している。今、王妃の教育を受けているそうですが、どんな時でも不測の事態は起こりえます。わたしなら、騎士として常に傍にいてアデールの姫を支えてあげられますから」
カルバンはセルジオに顔を寄せた。
さらさらの髪がセルジオの頬に触れる。
カルバンは、いままさに思い付いたように言う。
「アン殿はセルジオ殿を気に入っておられる。アン殿がジルコン王子の愛人ならば表立ってはその身分を明らかにできないかもしれない。そういう方に正式な騎士はつけられません。ですが、護衛としてなら可能です。セルジオ殿はアン殿の護衛になればいいのではないですか?セルジオ殿が、そう希望されれば、なにも最終面接をするまでもなく収まるべきところに収まって、皆納得いく結果になるのではないでしょうか……」
セルジオは近すぎるカルバンを押しのけた。
「今度は俺に心理戦か?」
「いえ、ありえる可能性の形として申し上げただけです」
「そもそも、アンがアデールの王子ということが信じられない。アデールの姫の顔を見れば、信じようもあるかもしれないが」
「面接まで待てないというわけですか」
「今すぐ確認したい」
カルバンは少し考え、少し待っていてください、と席を外す。
今は二人しかいない食堂を出て、女官をつかまえて何やら話をしているようである。
女官の情報では、アデールの姫は王妃教育のために、午前中は図書館に行かれるとのこと。
どうやって、機密情報を聞き出したかなど、セルジオは知りたくもない。
アンがアデールのアンジュ王子という情報も、カルバンはどうやって得たのか。昨夜のうちに、女官の誰かに聞きだしたのかもしれない。
「どうしますか?」
「もちろん、顔を見る」
「拝顔すると言って欲しいところです」
セルジオとカルバンは、午前中は自由参加であった騎士研修を休み、図書館に行くことにした。
そして、入り口で本を手にして立ち読みつつ、アデールの姫が来るのを待つ。
アデールの姫はやってきた。
遠目から別の二人と一緒だった。
王妃と女官のようである。
「王妃が一緒だと頭を下げなければならない。いったん後ろを向きましょう。直前まで気が付かないふりをして、振り向きざまに、姫の尊顔を確認しよう」
セルジオに異論はない。
石畳を歩く三人の足音が変わる。
彼らと同じ、大理石のフロアーを歩く音。
三人のなかでも一番軽い足音がアデールの姫だとわかった。
足音を聞き、これ以上ないというところでセルジオとカルバンは振り返った。
三人の女の顔が一斉に二人に向いた。
ひとりは髪を高く結い上げたアメリア王妃。
もうひとりは王妃と顔立ちの似た女官次長。
もう一人は、スラリとした肢体に華美ではないが上質なシルクの衣裳を纏う娘。
肩にかかる金の髪を下ろし、アメジストの耳飾りをしている。
その目は、青灰色の宝石のような美しい瞳。
セルジオを見て、大きく目を見開いた。
まるで、ここで会うはずのない人と出会ってしまったかのように?
同じ瞳。
同じ髪。
背丈も、体つきもよく似ている。
性別が女というだけで、アンが女装しているといっても間違いではないような気がする。
双子というものはここまで似ているものなのか。
だから、ジルコン王子は、男のアンに惑ったのだ。
いや、逆かもしれない。
アンを愛するが故に、同じ顔の姫を妻にするのか。
ジルコン王子の本命は、アンなのか。
ぐるぐるととりとめのない思考が渦巻き、カルバンと王妃たちの会話はセルジオの耳に全く入ってこない。
「あら。カルバン殿ではないですか」
「おはようございます。王妃さま。今、アデールの姫の騎士の選抜に来ておりまして。このセルジオと最終に残っているのです」
「まあ。この方と最終ですって?」
王妃は意外そうに言う。
セルジオの赤毛に眉をひそめた。
だが、王妃は深追いはしない。
気になることは、本人に聞かなくても調べる方法はいくらでもあるからだ。
「カルバン殿とセルジオ殿のどちらがなられても、しっかりと姫にお仕えすることを願っていますよ」
王妃は言い、頭を下げる二人の前を三人は行く。
足音が聞こえなくなるまで二人は頭を下げ続けた。
「アンが本当に、アデールの姫と双子の兄であることは間違いがないようですね。姫と王子をエール国に奪われて、アデール国内は大変なことになっているのではないでしょうか。アデールが弱小の田舎の国で、いくらエールが森と平野の国々の宗主国という力の差が歴然とあり、ジルコン王子が狂王フォルスの息子、世継ぎの王子だとしても……」
カルバンがため息交じりに言う。
ため息をつきたいのはセルジオも同様であった。