姫の騎士
14、赤黒のリボン
ルイとカルバンの最終面接は、その日、セルジオの面接の前に行われていた。
ルイの結果は最終面接を放棄して失格。
アンがルイの部屋の窓を叩いた時、ルイは気づきながらも窓を開けなかったのだった。
「アンがロゼリア姫であり、ジルコン王子がジュクジュクに爛れていないことがわかってよかったよ。ただ、男装してベランダを伝わって降りてくるような姫の騎士に、いずれにしろ俺がついていけるとも思えない。だから、この失格を受け止め、お前が選ばれたことを、こころからよろこんでやるよ」
ルイはその後、騎士になることをあきらめ治安警察兵の見習いから本採用となり、犯罪取り締まりに功績をあげ、何度も表彰されることになる。
もう一人の有力候補であるカルバンは、貴族で教養豊か。
しかも情報通である。
カルバンを推す者は多かった。
カルバンはルイとは違い、アンを部屋に招き入れた。
ジルコン王子の元から逃げ出したいとすがりついたアンを、やんわりと拒絶する。
アンをこの場から助けてくれる人と手段を考え、アンに必ず伝えると提案する。
自分の手を汚さず人を使うのは貴族の常とう手段。
騎士にふさわしい資質であるかというと、そうではない。
失格になって、カルバン自身も認めざるを得ない。
騎士よりも自分は、政治家か外交官か。
もっと向いているものがありそうだった。
※
セルジオは半年の騎士研修を終えて、正式に姫の騎士に叙任された。
一週間後のジルコン王子とロゼリア姫の結婚パレードで騎士として騎乗することが決まった。
セルジオが通っていた道場では、前日夜から総出で場所取りをすると言っている。
最前列でセルジオの晴れ姿を見たいという。
片親の庶民から将来の王妃の騎士に抜擢されたセルジオは、エール国では知る人ぞ知る英雄だった。
あの日からセルジオの取り巻く世界が変わってしまった。
だが、変わらない人がいる。
仰々しい赤金の制服を脱ぎ、普段着で訪れたいつもの酒場。
軋む扉を開けたときに探してしまうあの女。
目が合ったとたんにその瞳に吸い込まれてしまうような気がする、4つ年上の美人。
「……君の部屋に行きたい」
「いいわよ」
こそりと交わす誘いに、彼女はいつも笑顔で応えてくれる。
もっとも、拒絶されることなど、セルジオはひとかけらもよぎらない。
彼女の目を見れば、自分をまるごと受け入れてくれていることなどすぐにわかるから。
彼女よりもずっと若くて魅力的な肢体の美人が、セルジオの周りにいないわけではない。
一夜限りでもセルジオに抱かれたい女はいくらでもいる。
だが、休みのたびに自然と足が向かうのはこの女。
最近では、部屋を一晩借りるのではなくて、女の部屋に上がり込む。
こじんまりとして清潔で、彼女が今何に夢中になっているかわかる部屋。
パジャンの店で習っているというカード織も、訪れる度に複雑化していて、最近は20枚のカードを操り、緻密で繊細な模様を織れるぐらいになっている。
様々な色紐とカードが吊り下がった制作途中のものを見ていると、彼女の瞳に魅入られてしまうように、複雑で不思議な模様に引き込まれそうになる。
彼女のセルジオに対する態度は変わらない。
熱すぎる己の体を、いつものようにひんやりとした身体で飲み込み、猛るセルジオを優しく宥めてくれる。
その日何度目かの行為を終え、仰向けになったセルジオの肩に、彼女は頭を乗せた。
彼女と話したい衝動。
最近は、ベッドの上でとりとめのないことを話している。
以前はセックスした後に話をするなんて、面倒以外の何物でもなかったのに。
彼女がかわらなくても、変わったのはセルジオだった。
「……ロゼリア姫は双子だって知ってる?」
「もちろん知っているわよ。アデールの麗しき双子って歌われているそうじゃない」
アデール国の庶民の間で歌われているざれ唄が、エール国の巷でも歌われ始めている。
「そう。その双子の兄のアンジュ王子なんだが、俺はロゼリア姫とそっくりだと思っていたんだ。騎士選別試験の時に、男装してアンになっていただろ?俺は姫のそのアンとご対面するものだと思ってたんだ」
「双子だから似ているもんでしょ?」
「それがだな……」
セルジオはもったいぶった。
興味を惹かれて、女は頭を起した。
「え?違うの?」
「アンジュ王子は去年から15センチも大きくなり、肩もがっつりして、顎髭もはやしていて、非常に男らしい男だった。ロゼリア姫のアンとは別人だったんだ!この俺の落胆をわかってくれる?」
「なによそれ。試験の時の、あのアンに会いたかったのね、セルジオは!」
「かなり期待してた。心底、がっかりした」
セルジオの落胆ぶりに女は声をあげて笑った。
「ロゼリア姫が、男装して、双子の兄になって、しかもジルコン王子の男の愛人と見られながら試験に参加したなんて機密情報、わたしに話してもいいの?あっという間に噂になるかもよ?」
ルイの結果は最終面接を放棄して失格。
アンがルイの部屋の窓を叩いた時、ルイは気づきながらも窓を開けなかったのだった。
「アンがロゼリア姫であり、ジルコン王子がジュクジュクに爛れていないことがわかってよかったよ。ただ、男装してベランダを伝わって降りてくるような姫の騎士に、いずれにしろ俺がついていけるとも思えない。だから、この失格を受け止め、お前が選ばれたことを、こころからよろこんでやるよ」
ルイはその後、騎士になることをあきらめ治安警察兵の見習いから本採用となり、犯罪取り締まりに功績をあげ、何度も表彰されることになる。
もう一人の有力候補であるカルバンは、貴族で教養豊か。
しかも情報通である。
カルバンを推す者は多かった。
カルバンはルイとは違い、アンを部屋に招き入れた。
ジルコン王子の元から逃げ出したいとすがりついたアンを、やんわりと拒絶する。
アンをこの場から助けてくれる人と手段を考え、アンに必ず伝えると提案する。
自分の手を汚さず人を使うのは貴族の常とう手段。
騎士にふさわしい資質であるかというと、そうではない。
失格になって、カルバン自身も認めざるを得ない。
騎士よりも自分は、政治家か外交官か。
もっと向いているものがありそうだった。
※
セルジオは半年の騎士研修を終えて、正式に姫の騎士に叙任された。
一週間後のジルコン王子とロゼリア姫の結婚パレードで騎士として騎乗することが決まった。
セルジオが通っていた道場では、前日夜から総出で場所取りをすると言っている。
最前列でセルジオの晴れ姿を見たいという。
片親の庶民から将来の王妃の騎士に抜擢されたセルジオは、エール国では知る人ぞ知る英雄だった。
あの日からセルジオの取り巻く世界が変わってしまった。
だが、変わらない人がいる。
仰々しい赤金の制服を脱ぎ、普段着で訪れたいつもの酒場。
軋む扉を開けたときに探してしまうあの女。
目が合ったとたんにその瞳に吸い込まれてしまうような気がする、4つ年上の美人。
「……君の部屋に行きたい」
「いいわよ」
こそりと交わす誘いに、彼女はいつも笑顔で応えてくれる。
もっとも、拒絶されることなど、セルジオはひとかけらもよぎらない。
彼女の目を見れば、自分をまるごと受け入れてくれていることなどすぐにわかるから。
彼女よりもずっと若くて魅力的な肢体の美人が、セルジオの周りにいないわけではない。
一夜限りでもセルジオに抱かれたい女はいくらでもいる。
だが、休みのたびに自然と足が向かうのはこの女。
最近では、部屋を一晩借りるのではなくて、女の部屋に上がり込む。
こじんまりとして清潔で、彼女が今何に夢中になっているかわかる部屋。
パジャンの店で習っているというカード織も、訪れる度に複雑化していて、最近は20枚のカードを操り、緻密で繊細な模様を織れるぐらいになっている。
様々な色紐とカードが吊り下がった制作途中のものを見ていると、彼女の瞳に魅入られてしまうように、複雑で不思議な模様に引き込まれそうになる。
彼女のセルジオに対する態度は変わらない。
熱すぎる己の体を、いつものようにひんやりとした身体で飲み込み、猛るセルジオを優しく宥めてくれる。
その日何度目かの行為を終え、仰向けになったセルジオの肩に、彼女は頭を乗せた。
彼女と話したい衝動。
最近は、ベッドの上でとりとめのないことを話している。
以前はセックスした後に話をするなんて、面倒以外の何物でもなかったのに。
彼女がかわらなくても、変わったのはセルジオだった。
「……ロゼリア姫は双子だって知ってる?」
「もちろん知っているわよ。アデールの麗しき双子って歌われているそうじゃない」
アデール国の庶民の間で歌われているざれ唄が、エール国の巷でも歌われ始めている。
「そう。その双子の兄のアンジュ王子なんだが、俺はロゼリア姫とそっくりだと思っていたんだ。騎士選別試験の時に、男装してアンになっていただろ?俺は姫のそのアンとご対面するものだと思ってたんだ」
「双子だから似ているもんでしょ?」
「それがだな……」
セルジオはもったいぶった。
興味を惹かれて、女は頭を起した。
「え?違うの?」
「アンジュ王子は去年から15センチも大きくなり、肩もがっつりして、顎髭もはやしていて、非常に男らしい男だった。ロゼリア姫のアンとは別人だったんだ!この俺の落胆をわかってくれる?」
「なによそれ。試験の時の、あのアンに会いたかったのね、セルジオは!」
「かなり期待してた。心底、がっかりした」
セルジオの落胆ぶりに女は声をあげて笑った。
「ロゼリア姫が、男装して、双子の兄になって、しかもジルコン王子の男の愛人と見られながら試験に参加したなんて機密情報、わたしに話してもいいの?あっという間に噂になるかもよ?」