姫の騎士
その時、赤黒のリボンが視界をかすめた。
赤はアデールの姫の赤。
黒は黒騎士の黒。
セルジオの胸に付けるリボンと同じ模様だった。
この模様は、靴紐と同じ模様でもあり、リボンもセルジオのために作ったと、彼女はいっていなかったか。
馴染みすぎて、セルジオにとってもうこの赤黒の模様は自分自身を現すもののように思えるぐらいである。
セルジオは、首を巡らし幾層にも重なる観客に目を凝らした。
背後の黒騎士たちが異変に反応し即座に緊張する。
「不審者なの!?どんなヤツ!」
すぐ後ろにいたアンが鋭く声をかけた。
セルジオが見ている方向を、眉を寄せて細い目を向けた。
「俺とつきあっていた彼女がいた」
「はあ?つい先日逃げられたっていう?」
年上のあの女は、祝福を口にするわけでもなく、手を振るわけでもなく、幾重にも重なる群衆の後ろの方でじっとセルジオを見ていた。
彼女の胸にも同じ赤黒のリボンが付けられていた。
それがセルジオの意識を吸い寄せたのだ。
それは、好きな人と同じものを身につけたいという、彼女なりのささやかな自己主張のように思われた。
沿道からじっとセルジオを見つめているのに、セルジオを象徴する赤黒を自分だけ身に着けるのに、どうして別れるという決断ができるのか。
パレードは半ばをようやくすぎたところ。
騎士としての初任務と、見つけた彼女を追いかけたい衝動のあわいでセルジオは揺れた。
女なんて、払っても払っても寄ってくるもの。
欲望を満たすだけの存在に過ぎない存在ではないか。
だが、セルジオは知ってしまった。
彼女が自分にとっているべきところにいないだけで、自分の足元がぐらぐらするような気がする。肉体の一部がもぎ取られてしまったような喪失感を、セルジオはあの日から感じ続けている。
仲間にたわいもない冗談を言われても、ひきつった笑いしかできなくなってしまった。
セルジオは馬車の向こう側で馬を進ませるロサンに、声を張り上げた。
「隊長、体調が悪いので、やはり隊列を離脱します」
「あと半分だ。お前の姫騎士の披露も兼ねているパレードだ。準主役なんだからそこにいろ。お前は騎馬しているだけでいいから」
「いえ、そうはいきません」
「許可できないと言っている」
ロサンは強い目線でセルジオに留まるように命令する。
いったん始まれば、どんなことがあっても遂行するのが任務だった。
体調が悪いのならば初めから参加しないという選択肢も既に与えた。
遂行できると判断したのはセルジオ自身なのだ。
セルジオは唇をかみしめた。
ロサンの厳しい顔をみると、このまま隊列を外れれば職務放棄で騎士の任命を解かれるかもしれなかった。
心配げにセルジオを見るロゼリア姫と目があった。
セルジオの最後で強烈な頼みの綱は姫だった。
「ロゼリア姫。先日俺に一方的に別れをつげた恋人を、群衆の中で見つけました。今彼女を追いかけないと、このまま本当に俺の人生から消えてしまうような気がします。大事なパレードの最中ですが、この同行の職務を解いていただいてよろしいでしょうか」
セルジオの切実な訴えをロゼリア姫の横でジルコン王子も聞く。
「駄目だ。許可できない。まずは職務を全うしろ。それからだ」
ジルコンは群衆には笑顔をむけながら、セルジオには厳しい言葉である。
だが、セルジオの姫は心に自由の羽をもつ。
「わかったわ!わたしはあなたが一生独身でいて欲しいなんて思わない。セルジオの人生にとって大事な人ならば、今すぐに追いかけるべきよ!だから、群衆に紛れ込んだ怪しい女を追捕することを許可する!いいでしょ?ジル」
セルジオが姫の前の茨の道を切り開きたいと思うように、姫はセルジオが満たされていてほしいと願ってくれていた。
ジルコン王子から笑顔が抜け落ち、唖然とする。
そして、次の瞬間に声をあげて笑った。
「赤毛の色男!ロズが許可するのならしょうがないだろ。ここには10人の黒騎士もいる。お前の抜けた穴などどうってことない。早く追捕しろっ」
「ありがとうございます!ではッ」
セルジオは馬から飛び降りた。
突然、主人がいなくなった馬の手綱を、しなやかな腕をのばしてがつりと掴んだのは花嫁のロゼリア。
さらに身をのりだして馬に乗り移ろうとするのを、ジルコンはさすがにこれは見逃せず、その腰を腕をまわして押さえたのである。
姫の騎士がいなくなったことも衝撃な出来事だが、それよりも姫らしからぬ機敏な動きに、群衆が沸いた。
セルジオは人々の中に飛び込みかき分けた。赤黒のリボンを目指した。