姫の騎士
4、愛人
今日で3日目。
していることといえば、馬術、剣術、体術といった実践に、追補術、モールス信号、野営、会話術、食事のマナーといった、いわば騎士研修のようなものである。
指導するのは黒騎士で、時に厳しい叱責が飛ぶ。
そして、アンは日中の過酷な研修に参加していない。
黒騎士の一人をセルジオは捕まえた。
おかっぱの細い目をしたアヤ。
かつてセルジオの代わりに10人目の黒騎士に選ばれた、因縁の女である。
「アヤ!あいつ、何もんだよ。10人目の騎士候補があんな態度で失格にならないのはなんでだ?」
「あいつ、ってアンのこと?知らないわよ。この試験の審判はわたしじゃないし。結局は、姫さまが選ぶわけだから」
「アンはアデールの姫の好みってか。みんな騒いでいるんだ。そもそも、研修に参加していない間、あいつは何をしている?俺たちが宿泊している階にもいないだろ、どこにいるんだ?」
アヤはセルジオの手を振りほどく。
「アンのことは、気にしない方がいいわ。あなたたちが思っているよりもずっとずっと、特別な存在なのよ。いま、ご結婚前に一人でエールの王城にいらっしゃるアデールの姫の、いわば親戚のようなものだから。時間が許す限りアデールの姫といらっしゃる」
「この姫騎士選抜試験は、ぶっとんだ姫の手の込んだ遊びかなにかなのか?」
「遊びなわけないでしょ」
「あまり自由すぎると、イラついているやつらに羽をもがれるぞ」
アヤは細い目でセルジオを見た。
その目は拒絶の色を帯びる。
知っていても何もいわない、決意の目である。
「アンは絶対に騎士になることはない。それで納得して頂戴。危険だったら、セルジオが守ってやったらいいでしょ」
「なんで俺が……」
「口などききたくもないはずのわたしに訊くぐらい、アンのことを気にしているからでしょ。まさか、惚れたとかいわないでしょうね」
「惚れ……。そんなことはない!」
顔に血が上る。
惚れてはいない。
セルジオの好みは肉感的な美女であり、間違っても胸のない男ではない。
だが、今のセルジオは常にアンを探している。
自分が騎士試験中だということを忘れてしまいそうになるほど、気になる存在なのだ。
セルジオはその後、何度もアヤとの会話を反芻する。
「……愛人だろうか?」
「は?誰が誰の!」
「アンが、アデールの姫の」
「アデールの姫はジルコン王子の婚約者なのに、普通に考えて愛人を囲うはずがないだろ!」
ルイがセルジオの妄想を一蹴する。
セルジオは鼻の下まで湯につかった。
一日の汗と汚れを落とし筋肉痛を癒す王城の温泉風呂は最高だった。
そして事件は4日目に起こった。
夕食事時にぶらりと現れたアンは、食事中のセルジオのテーブルに座った。
テーブルには他にもルイと、カルバンがいる。
離れたところのテーブルのミシェルが、アンを見て露骨に嫌な顔をする。
暇つぶしに来るなよ、と陰口を叩く者もいる。
アンは気にしないふりをする。
「あんたたちが、僕を拒絶しないのはどうして?スケジュールに穴をあける僕が、トンビが油あげをさらうように姫騎士になるかもしれないのに」
アンはカルバンに訊いた。
「それは、それでわたしはいいと思っているよ」
「どうして?カルバンは選ばれるために来ているんでしょう」
カルバンは声を潜め、サラサラの黒髪が触れそうになるぐらい、アンに顔を寄せる。
「なぜなら、あなたが姫騎士に選ばれても役にたたないだろうから、結局はもう一人選ばれることになる。わたしはその時に選ばれるために今頑張っているです」
その答えにアンは感心し納得したようである。
「ルイはどうして?」
「俺は、人のことを考えるよりも、今自分がしなければならないことをするだけだから」
真面目なルイらしい答えである。
「セルジオは?」
「俺は、あんたがこの10人の中で異質なジョーカーだから。気になってしょうがないから、アンの事をもっと知りたいと思う」
「ジョーカーか、なんか納得できるな」
カルバンとルイはアンを見た。
アンは、ふわっと笑ったのである。
その時、食堂の外が騒がしくなる。
鋲をうった靴音を響かせて入ってきたのはジルコン王子。
まさかの王子の登場に、ばらばらに食事をしていた騎士候補者たちは一斉に立ち上がった。
王子は、柳眉を眉間によせ、不機嫌を隠しもしない。
セルジオたちを眺めた。
「騎士研修は順調に進んでいるか?」
「順調でございます!」
全員の声がそろう。
「自分が選ばれるという自信はあるか?」
「あります!」
ようやく眉間が緩み、秀麗な顔に笑みが浮かぶ。
「ロサン!みんな自信があるそうだ!今日で何日目だ」
ロサンは王子の黒騎士の騎士団長である。
彼は部下の黒騎士たちが入れ替わっても、ずっとセルジオたちを見守っている。
「4日目です」
「7日の予定だったな」
「そうです」
「明日は半分に絞れ。10人は多すぎる」
「は……、種目は何で絞りますか?」
「障害物競争でもさせろ」
していることといえば、馬術、剣術、体術といった実践に、追補術、モールス信号、野営、会話術、食事のマナーといった、いわば騎士研修のようなものである。
指導するのは黒騎士で、時に厳しい叱責が飛ぶ。
そして、アンは日中の過酷な研修に参加していない。
黒騎士の一人をセルジオは捕まえた。
おかっぱの細い目をしたアヤ。
かつてセルジオの代わりに10人目の黒騎士に選ばれた、因縁の女である。
「アヤ!あいつ、何もんだよ。10人目の騎士候補があんな態度で失格にならないのはなんでだ?」
「あいつ、ってアンのこと?知らないわよ。この試験の審判はわたしじゃないし。結局は、姫さまが選ぶわけだから」
「アンはアデールの姫の好みってか。みんな騒いでいるんだ。そもそも、研修に参加していない間、あいつは何をしている?俺たちが宿泊している階にもいないだろ、どこにいるんだ?」
アヤはセルジオの手を振りほどく。
「アンのことは、気にしない方がいいわ。あなたたちが思っているよりもずっとずっと、特別な存在なのよ。いま、ご結婚前に一人でエールの王城にいらっしゃるアデールの姫の、いわば親戚のようなものだから。時間が許す限りアデールの姫といらっしゃる」
「この姫騎士選抜試験は、ぶっとんだ姫の手の込んだ遊びかなにかなのか?」
「遊びなわけないでしょ」
「あまり自由すぎると、イラついているやつらに羽をもがれるぞ」
アヤは細い目でセルジオを見た。
その目は拒絶の色を帯びる。
知っていても何もいわない、決意の目である。
「アンは絶対に騎士になることはない。それで納得して頂戴。危険だったら、セルジオが守ってやったらいいでしょ」
「なんで俺が……」
「口などききたくもないはずのわたしに訊くぐらい、アンのことを気にしているからでしょ。まさか、惚れたとかいわないでしょうね」
「惚れ……。そんなことはない!」
顔に血が上る。
惚れてはいない。
セルジオの好みは肉感的な美女であり、間違っても胸のない男ではない。
だが、今のセルジオは常にアンを探している。
自分が騎士試験中だということを忘れてしまいそうになるほど、気になる存在なのだ。
セルジオはその後、何度もアヤとの会話を反芻する。
「……愛人だろうか?」
「は?誰が誰の!」
「アンが、アデールの姫の」
「アデールの姫はジルコン王子の婚約者なのに、普通に考えて愛人を囲うはずがないだろ!」
ルイがセルジオの妄想を一蹴する。
セルジオは鼻の下まで湯につかった。
一日の汗と汚れを落とし筋肉痛を癒す王城の温泉風呂は最高だった。
そして事件は4日目に起こった。
夕食事時にぶらりと現れたアンは、食事中のセルジオのテーブルに座った。
テーブルには他にもルイと、カルバンがいる。
離れたところのテーブルのミシェルが、アンを見て露骨に嫌な顔をする。
暇つぶしに来るなよ、と陰口を叩く者もいる。
アンは気にしないふりをする。
「あんたたちが、僕を拒絶しないのはどうして?スケジュールに穴をあける僕が、トンビが油あげをさらうように姫騎士になるかもしれないのに」
アンはカルバンに訊いた。
「それは、それでわたしはいいと思っているよ」
「どうして?カルバンは選ばれるために来ているんでしょう」
カルバンは声を潜め、サラサラの黒髪が触れそうになるぐらい、アンに顔を寄せる。
「なぜなら、あなたが姫騎士に選ばれても役にたたないだろうから、結局はもう一人選ばれることになる。わたしはその時に選ばれるために今頑張っているです」
その答えにアンは感心し納得したようである。
「ルイはどうして?」
「俺は、人のことを考えるよりも、今自分がしなければならないことをするだけだから」
真面目なルイらしい答えである。
「セルジオは?」
「俺は、あんたがこの10人の中で異質なジョーカーだから。気になってしょうがないから、アンの事をもっと知りたいと思う」
「ジョーカーか、なんか納得できるな」
カルバンとルイはアンを見た。
アンは、ふわっと笑ったのである。
その時、食堂の外が騒がしくなる。
鋲をうった靴音を響かせて入ってきたのはジルコン王子。
まさかの王子の登場に、ばらばらに食事をしていた騎士候補者たちは一斉に立ち上がった。
王子は、柳眉を眉間によせ、不機嫌を隠しもしない。
セルジオたちを眺めた。
「騎士研修は順調に進んでいるか?」
「順調でございます!」
全員の声がそろう。
「自分が選ばれるという自信はあるか?」
「あります!」
ようやく眉間が緩み、秀麗な顔に笑みが浮かぶ。
「ロサン!みんな自信があるそうだ!今日で何日目だ」
ロサンは王子の黒騎士の騎士団長である。
彼は部下の黒騎士たちが入れ替わっても、ずっとセルジオたちを見守っている。
「4日目です」
「7日の予定だったな」
「そうです」
「明日は半分に絞れ。10人は多すぎる」
「は……、種目は何で絞りますか?」
「障害物競争でもさせろ」