特等席〜私だけが知っている彼〜
ライブや握手会のチケットが販売されれば即完売、音楽番組にRoseが出演するとステージから悲鳴が上がり、五十鈴が出演するドラマの視聴率は高く、五十鈴を主演に映画が作られるという話さえある。

「私が隣にいちゃダメだ……」

五十鈴に対して気持ちが冷めてしまったわけではない。仕事が忙しく、ファンに対して笑いかけているのをテレビで見かけた時にヤキモチを焼いてしまったこともあった。普通のカップルのように気軽に会えてデートできる関係でもない。だが、椿芽はふとしたことで五十鈴への想いを膨らませている。

帰って来た時に「ただいま」と笑顔で言うところ、料理をおいしそうに食べるところ、疲れているはずなのに家事を一緒にしようとするところ、どこか幼げな寝顔、仕事ではしっかり者なのに椿芽の前では甘えたなところ、ちゃんと愛を伝えてくれるところ、五十鈴の全てが椿芽は好きだ。

「だからこそ、離れなくちゃ……」

いつ雑誌記者などに五十鈴に恋人がいることを言われるかわからない。椿芽は旅行用の大きなかばんに荷物を詰め始める。
< 15 / 28 >

この作品をシェア

pagetop