特等席〜私だけが知っている彼〜
「……おかえりなさい、五十鈴くん」

泣きすぎて赤く腫れてしまった目をしながら、椿芽は五十鈴を見る。そして、無理矢理笑みを浮かべて荷物を手にしたまま五十鈴の脇を通り抜けて玄関へ行こうとした。しかし、五十鈴が椿芽の肩を掴んで止める。

「椿芽、何で泣いてるの?それに何かやつれてるし、体調が悪そうだよ。その大荷物は何?そんな体でどこに行くつもりなの?」

「それは……」

椿芽は言い訳を考えるものの、どこかボウッとする頭では何も思いつかない。すると、五十鈴からかばんを取り上げられ、ソファに座らされてしまう。

「五十鈴くん、私行かなきゃいけないの」

「行くってどこに?どこかに行くなら、俺も一緒に行く」

五十鈴の目はいつになく真剣で、椿芽のことだけを考えていることが一目でわかる。真っ直ぐなその態度に、椿芽の瞳が潤んで揺らいでいった。

「椿芽」

五十鈴は優しく名前を呼び、椿芽の微かに震える手を自身の手で包み込む。前に帰って来た時と変わらない何よりも温かい温もりだ。
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