涙ノ結晶
Ⅰ.たった一度の、
冷たい雨を体に感じながら、
私は今日も通い慣れたこの道を歩いていた。
(あの時も、こんな雨だったな・・)
――そう、彼に出会えたのは今日と同じような雨の日だった。
今は、事情があって歩いて学校に通っているけれど、私は元々バス通学で。
その時は、ちょうど、ひとつだけ空いていた席に座っていた。
バスが動きだしてしばらくすると、立っているだけでも辛そうなおばあさんが乗ってきた。
ガタ・・
「・・っ」
咄嗟に私は席を立ち、譲ろうとしたけれど声が出ないのでは伝わらない。
どうしようかと迷っているときに『彼』が現れた。
「ばーちゃん、こいつが座ってくれってよ」
「・・!」
彼は、私を指差し、私の言いたかった事をおばあさんに伝えてくれた。
「そうかい?悪いねぇ。ありがとう。」
おばあさんがにっこりと笑い、「よいしょ」と椅子に腰掛ける。
私は彼にお礼を言いたかったけれど、・・声がでない。
仕方なく、彼に向かって小さく頭を下げた。
伝わるかな?と思って不安だったけれど、そんな心配はないみたいだ。
「別にいーよ。あんた声、出ないんだろ?」
「・・・?」
なんでそれを知ってるの?と目で問いかける。
すると彼は笑って、「あんたの行動見たらわかるって」と言った。
それがなんだか、私の痛みをわかってくれたみたいですごく嬉しかった。
だからもう一度、今度は笑って頭を下げた。
「困ったときはお互い様って言うだろ?」
そう言いながら軽く私の頭を撫でてくれた彼の手は温かくて。
(こんな温かい手、久しぶりだな・・)
「あ、そうだ。」
何かを思い出したような顔をする彼。
短時間に、色々な表情をする彼に私は少しだけ笑ってしまった。