スカーレットの悪女
「出た、チワワや」



威嚇したのに大希は目を細めて笑う。


しかもただ笑うんじゃなくて、愛しそう目で頬を綻ばせるからなんだかむずむずする。



「はあ、やっと東京に帰れるね」



私は大希から目を離して壱華に話しかけた。


わざとらしくため息をついて肩をすくめる私を見て、壱華は表情を改めた。



「実莉」

「んー、なぁに?」



気の抜けた返事をしたけど、壱華は硬い表情を崩さない。



「実莉はわたしに縛られず、自由に生きていいんだよ」



壱華は、自分が足枷になっていると思っているのだろうか。


そんなはずない、この感情はいわゆるバグだ。


私は本来この世界線では悪女、誰とも結ばれちゃいけない。


いくらほぼ原作通りに事が進んでいるとはいえ、わずかな歪みが物語に影響を及ぼしてしまう可能性だってある。


でも、大希の目の前でそれを言うと思ってなかった。



「壱華の幸せが私の幸せだよ」

「本当にそう思ってる?」



壱華の目を見て再度自分の気持ちを確かめたつもりが、被せ気味に問いかけられた。


壱華は、私と大希に結ばれて欲しいのかな。


だけど大希を選べば、待ち構えているのは修羅の道だ。



「あったりまえじゃん!」



私の願いは壱華の行く末を見守ること。


改めて宣言すると、笑顔になってくれると思った壱華は苦しそうに顔を曇らせてしまった。


大希はそんな私たちの様子を、何食わぬ顔で、当事者のはずなのにまるで他人事のように見守っていた。


その表情の真意が読めず、私はモヤモヤした気持ちのまま大阪を離れることになった。
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