スカーレットの悪女
「さっきすれ違ったんですけどあの人が実莉さんですか、かわいいけど異様に貫禄がありますね」



また考え事をしながら廊下に出ると、後ろから不意に話しかけられた。


なんやこいつも実莉に魅せられたん?西雲の男チョロすぎやろ。


まあ、あいつの誘引力も大したもんやけど俺はまだ認めてへんから。



「ビビりすぎやろ、あの女は大したことないわ」

「いやあ、見てましたよ。覇王の怒気を食らって平気な顔してるなんで大したもんですよすごいなあ」



見かけただけで実莉を絶賛する身内にため息をつく。



「安心してください。天音で反対してるのはあの二人だけですから。みいんなカシラの味方ですよ」



俺が悩んでると思ってこそっと耳打ちをしてきたけど的外れ。


実莉に早速絆されよったお前にため息ついてんこっちは。


にしても、やけに目がギラついてるわ。あの傍若無人のいとこに振り回されて苦労してきたんやろうか。



「オヤジと孫娘になんか私怨でもあるん?」

「多少は……ねえ?」



素直で扱いやすいと思っとった部下が初めて見せた、じめじめとした陰気臭い怨念。


人間は皆そう。内に秘めた恨みや怒りを包み隠して生きてる。


特に極道なんてやってたら陰湿な負の感情に触れることが多くて、人間とはそういう生き物なんやと理解してたつもりやった。


けど大希さんや丞さんは他人の負の感情を跳ね返すほど強い自我があって、むしろそれらを前に進む力に変えてしまう。


そういうとこ含め、俺は裏切りばかりの世界で二人に憧憬の念を抱いたんやろうな。


そんで実莉はこれまた特殊で、なんていうか乾いた人間。


喜怒哀楽はあれど憎しみの感情がない。嫌なことあったら俺は一生寝に持つけど、あいつは5分後には忘れてそう。


そういった意味で人間らしい湿り気がなくて俺とは対照的な性格が嫌い。


うん、俺はやっぱり実莉のこと嫌いや。


再確認できたところで、数メートル先あたりから女の声を聞こえた。
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