スカーレットの悪女
「はあ、部屋の中涼しい」

「なんで黒いネクタイ?」

「ああ、今日命日やってん」



独り言をつぶやく大希に訊くと、普段と変わらない飄々とした態度で命日だと言う。


つまり、お墓参りに行ってきたのか。道理で早い時間に外に出ていったと思ったけど、誰の命日なんだろう。



「誰の?」

「俺の母親の」



再び質問を繰り出せばその口から飛び出したのは予想外の人物。


大希が子供の時、生みの親が他界したのは知ってる。だけど良い母ではなかったと聞いていたから、亡くなって20年ほど過ぎているのに律儀に墓参りをしていたなんて思ってなかった。


大希は過去のことを語らない。だから私が知っているのは原作の情報と、西雲に来てから人伝に聞いた話だけだ。



「はは、おもろい顔。じゃ、汗かいたからシャワー浴びてくるわ」



驚いて固まる私を見て大希は手を伸ばし額を小突く。近づくと線香の香りが強くなって、ますます謎は深まるばかりだった。



「桃剥いてくれたん?ありがと」



浴室から戻ってきた大希は半裸で濡れた髪のまま私が座っているダイニングテーブルに近づき、切って皿に乗せ、フォークと一緒に置いていた桃を食べた。


じゅわりと染み出す果汁に大希は目を丸くして笑顔になる。桃好きなんだ、だから雅は持ってきてくれたのかな。


「さっき雅が持ってきてくれたよ。大希すれ違わなかった?」

「おった気もする。けど最近よう本家に顔出すからいつの記憶やったか忘れた」


大希は飲み込んだ後もう一切れフォークで刺して口に含み、髪を乾かすために浴室に戻った。
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