スカーレットの悪女
「いやあ暑かった、朝でも遮るものないから死ぬか思ったわ」



再びリビングに戻ってきた大希はすぐテーブルに座って桃をつまむ。


いつもならおつかれ、で終わるような些細な会話。だけど私は気になって仕方なかった。



「律儀なんだね、わざわざちゃんとして格好でお参りするなんて」



すると大希は桃を口に入れたまま、大きくかぶりを振った。


口角はその動作とともに下がっていた。



「違う、お前は死んだんやから俺らに迷惑かけんなって言い聞かせるためにかっちり着て行ってん」



どうやら、故人を弔うための墓参りではないらしい。むしろ怨嗟の声を浴びせるためにわざわざ墓に出向くなんて。


その割に楽しそうに語るものだからどんな顔をしていいのか分からない。



「毎年、健気な息子を装って恨み節を唱えに行ってんねん。ろくでもない母親やったから」



次々と桃を口に運ぶ大希はむしゃくしゃしているように見えた。


思い出すこともはばかられるほど、大希に取って生みの親とは恨みつらみの対象だったんだろうか。



「大希の過去に、何があったの?」

「嫌やん、暗い話は実莉にしたくない」



ふたりきりだし話してくれると思ったけどそうではないらしい。あまり触れられたくないのかな。



「え?話してくれる流れだと思ったんだけど」

「だって実莉にメリットはないやん」

「でも、結婚するんだからお互いの過去を知ることって必要なことだと思うけど」



しかしこの程度で食い下がる私じゃない。


結婚というキーワードを出すと手元が止まり、それから分かりやすくにやついていた。



「結婚に前向きやん、俺嬉しい」



そして最後の一切れを口に運ぶと笑顔のままキッチンに行って、シンクに空の皿とフォークを置いた。



「せやな、俺は実莉のこと全部知りたがるくせにフェアじゃないわ」



どうやら話してくれる気になったらしい。大希は私の正面に座り、その重い口を開いた。
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