スカーレットの悪女
「実莉は泣かんでえらいなあ。……ちゃうか、ブチ切れてんねや」


頭では分かっていても私を利用しやがったことに変わりは無い。


思い切り舌打ちをしたいところだけど、そうすると傷に歯が当たって痛いからやめておいた。


代わりに近づいてきた大希を睨みつけると、腕を広げて私を軽々と抱き上げた。



「実莉こっち向いて、口の中切れたん?あーんして」



この場で文句を言うのは違う気がして大希の言葉に従う。するといきなり口角が大きく上を向いた。



「……んふっ」

「何?」

「素直に口開けんのかわいいな思うて」

「あんたも噛みついたろか」



いつも通りふざけるからさすがにイラッとして思ったことがそのまま口に出た。



「ん、そんな深くないわ大丈夫」



大希はいつものヘラヘラした態度で怒りを受け流して頭を撫でる。


もうひとつくらい文句を言ってやろうと思ったけど、耳元に顔を寄せられたので黙ることにした。



「ごめんなあ、後でいくらでも殴ってええからもうちょい付き合ってや」



なるほど、どうやらこれからもうひと騒ぎ起こりそうだな。

その時、足音が近づいてくる反響音が立体駐車場にこだまする。音は徐々に大きくなって、やがて数名の男が姿を現した。



「な、なんやこれは、どういうことや!」



現れたのは慌てた様子の初老のスーツを着た男。数名の男を引き連れて走ってきた様子を見ると、ターゲットのお出ましのようだ。


大希は私を抱きしめたまま、待ってましたと言わんばかりにニヒルに笑った。


不気味な笑みだった。
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