スカーレットの悪女
会場の奥には段差があり、そこを乗り越えて大希の前に立つと大希は片膝を立てひざまずいた。


その手にはいつの間に用意したのか、リングケースに収められたダイヤの婚約指輪が。


私はある種の衝撃を受けた。実莉として生を受けて、こんな場面に遭遇するなんて思ってもみなかったから。


壱華を守ること、それだけに情熱を燃やしていた私にとって、自分が幸せになる想像なんてこれっぽちもしていなかったから。



「俺の名字を名乗って、お願い」



感慨にふけってなかなか返事をしない私に、大希は念を押すように一言。


素直に自分の気持ちを表せる大希らしいプロポーズだと思った。



「……私が、拒否したらどうするの?」

「そんな気さらさらないやろ」



この後に及んで試すような発言をしても、大希の態度は堂々としていて、その目は確信に満ちていた。



「望月実莉ってなんか、響きがおいしそうやな」



ふさわしい返事を考えていたら、大希はもう一言。


もちづきみのり。確かにひらがなに起こすと食べ物を彷彿とさせるような名前だ。だけど違和感はない、自分に合っている名前だと思った。



「何それ」

「よかった、やっと笑った」



笑うとまだ少し痛いから笑顔を控えていたけど笑ってしまった。私の笑顔で安心した大希は私の手を取り、真新しい指輪を私の左手薬指に通した。


ひんやりとした金属の重みを感じ、生きているのだと痛感して不意に目頭が熱くなる。
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