保健室登校
教室を出ると、慎介くんがいつものように待っていてくれた。
「凛」
彼は私を呼ぶと、微笑んだ。
「慎介くん、今日は帰る前に少しだけ……お話がしたいんだ」
「うん、俺も伝えたいことがある」
以前に彼と話した言葉を思い出す。
『ねぇ、五十嵐くんはなんでそんなに私に優しくしてくれるの?』
『……それは、卒業のときにでも言うよ』
その答えを、今日話してくれるのかもしれない。
私達が中学校の近くの桜並木まで歩いた。
まるで桜のトンネルのなかにいるようだ。
「ちょうど今日が満開だな」
「こんな桜が見られるなんて、思いもしなかった」
柔らかな風が吹いて、ひらひらと花びらが舞い落ちていく。
桜をゆっくり見たい人のためだろうか。木製のベンチが道沿いに設置されている。
「少し座ろうか」と慎介くんが言ってくれた。
彼はベンチについた砂利を手で払って「どうぞ」と言う。
「慎介くん、やさしすぎ」
「凛にだけだよ」
彼は、どこまで私のことをときめかせたら気が済むのだろう。
「今日、凛に話したいことがあるんだ」
彼はこほんと咳をひとつして、深呼吸をする。
「初めて会った日のこと、覚えてる?」
「うん。慎介くんが指を怪我して保健室にきたときのことだよね」
「あのときさ、すごく嬉しかったんだ」
「え、でも怪我してる人を助けるのは当たり前のことで……」
「ううん、それってなかなかできないんだよ。転校してきてさ、ヤンキーだと勘違いされてたし。先生もクラスメイトも俺を腫れ物扱いしてた。たまに話しかけてくる子もいたけど、なんか下心が透けて見えてさ、俺って独りぼっちだなぁ……なんてちょっとまいってたんだよ。そんなとき、凛が心から俺を心配して、優しくしてくれたのが、本当に嬉しくって」
慎介くんが懐かしむように、怪我をしていた指を見つめた。
「前に親が離婚したって話したよな? 父さんさ、残業多いから帰ってもひとりなんだよ。だけどあの日、凛が巻いてくれた包帯を見ると、不思議と寂しくなかったんだ。俺のことを心配してくれる人もいるんだって、なんだか心があたたかくなった。包帯が絆創膏になっても、絆創膏が外れても、俺のなかには凛がずっといるようになったんだよ」
慎介くんがそんな風に思ってくれていたなんて。
「私も、嬉しかったんだよ。独りぼっちだと思ってた世界に、慎介くんが会いに来てくれるようになって……その……」
うまく言葉が出てこなくてもどかしい。こんなにも伝えたいことが溢れているのに、言葉にならない。
「ありがとう」
慎介くんはそう言うと、ベンチから立ち上がって、私の前に立った。
「俺、凛のことが好きだ。凛が卒業しても、ずっと一緒にいたい」
彼は学生服の第二ボタンを外すと、それを差し出す。
「俺と、付き合ってくれませんか?」
彼の耳は桜のように色づいている。
私はそれを受け取る。
ボタンには桜が刻印されていて、こんなところにも桜が咲いていたんだと気づかされた。
「私も、慎介くんのことが大好きです。卒業しても、その先もずっと……私と一緒にいてください」
私は自分の名札を外す。
【星野 凛】の名札を、彼の手に乗せた。
「凛……」
彼はそっと、私を抱き寄せた。
桜のような、陽だまりのような、彼のやさしい香りに包まれる。
あの金平糖のビンみたいに、今この瞬間を閉じ込めたいと思った。
とても幸せで、甘くて、愛おしいこのときを。
「凛」
彼は私を呼ぶと、微笑んだ。
「慎介くん、今日は帰る前に少しだけ……お話がしたいんだ」
「うん、俺も伝えたいことがある」
以前に彼と話した言葉を思い出す。
『ねぇ、五十嵐くんはなんでそんなに私に優しくしてくれるの?』
『……それは、卒業のときにでも言うよ』
その答えを、今日話してくれるのかもしれない。
私達が中学校の近くの桜並木まで歩いた。
まるで桜のトンネルのなかにいるようだ。
「ちょうど今日が満開だな」
「こんな桜が見られるなんて、思いもしなかった」
柔らかな風が吹いて、ひらひらと花びらが舞い落ちていく。
桜をゆっくり見たい人のためだろうか。木製のベンチが道沿いに設置されている。
「少し座ろうか」と慎介くんが言ってくれた。
彼はベンチについた砂利を手で払って「どうぞ」と言う。
「慎介くん、やさしすぎ」
「凛にだけだよ」
彼は、どこまで私のことをときめかせたら気が済むのだろう。
「今日、凛に話したいことがあるんだ」
彼はこほんと咳をひとつして、深呼吸をする。
「初めて会った日のこと、覚えてる?」
「うん。慎介くんが指を怪我して保健室にきたときのことだよね」
「あのときさ、すごく嬉しかったんだ」
「え、でも怪我してる人を助けるのは当たり前のことで……」
「ううん、それってなかなかできないんだよ。転校してきてさ、ヤンキーだと勘違いされてたし。先生もクラスメイトも俺を腫れ物扱いしてた。たまに話しかけてくる子もいたけど、なんか下心が透けて見えてさ、俺って独りぼっちだなぁ……なんてちょっとまいってたんだよ。そんなとき、凛が心から俺を心配して、優しくしてくれたのが、本当に嬉しくって」
慎介くんが懐かしむように、怪我をしていた指を見つめた。
「前に親が離婚したって話したよな? 父さんさ、残業多いから帰ってもひとりなんだよ。だけどあの日、凛が巻いてくれた包帯を見ると、不思議と寂しくなかったんだ。俺のことを心配してくれる人もいるんだって、なんだか心があたたかくなった。包帯が絆創膏になっても、絆創膏が外れても、俺のなかには凛がずっといるようになったんだよ」
慎介くんがそんな風に思ってくれていたなんて。
「私も、嬉しかったんだよ。独りぼっちだと思ってた世界に、慎介くんが会いに来てくれるようになって……その……」
うまく言葉が出てこなくてもどかしい。こんなにも伝えたいことが溢れているのに、言葉にならない。
「ありがとう」
慎介くんはそう言うと、ベンチから立ち上がって、私の前に立った。
「俺、凛のことが好きだ。凛が卒業しても、ずっと一緒にいたい」
彼は学生服の第二ボタンを外すと、それを差し出す。
「俺と、付き合ってくれませんか?」
彼の耳は桜のように色づいている。
私はそれを受け取る。
ボタンには桜が刻印されていて、こんなところにも桜が咲いていたんだと気づかされた。
「私も、慎介くんのことが大好きです。卒業しても、その先もずっと……私と一緒にいてください」
私は自分の名札を外す。
【星野 凛】の名札を、彼の手に乗せた。
「凛……」
彼はそっと、私を抱き寄せた。
桜のような、陽だまりのような、彼のやさしい香りに包まれる。
あの金平糖のビンみたいに、今この瞬間を閉じ込めたいと思った。
とても幸せで、甘くて、愛おしいこのときを。