保健室登校
ふたりだけの、保健室
星野(ほしの)さん、先生ちょっと会議があるから保健室空けちゃうけど、大丈夫?」

立花先生が申し訳なさそうに衝立から顔を出す。
保健室登校を始めてから、こんなことは何度もあったので慣れっこだった。

「はい、大丈夫です」

「ごめんね。もし他の生徒が来ても、無理はしなくていいから」

よっぽど急ぎの会議なんだろうか。話し終わるとすぐに先生は保健室を出ていった。

保健室から先生がいなくなると、静かな保健室がよりいっそう静かになる。
シーン……という音でも聴こえてきそうだ。

と、いけない。担任の先生が用意してくれたプリントがあるから、それを進めないと。

……私が教室に行けないことで、担任の先生もそうだし、立花先生にも迷惑をかけてしまっている。せめて、勉強くらいはしっかりしないと。


保健室には、私がプリントの空欄を埋める音だけが響く。

そんなはずはないのだけれど、
世界で、私だけがひとりぼっちになったような気がして――

文字を書く手を止め、深呼吸をする。

その瞬間、乱暴にドアが開く音がした。
思わず肩が跳ねあがって、私は衝立に隠れるように体を小さくする。

「……先生、いないのかよ?」

荒々しい言葉。おそるおそる衝立から覗いてみると、少し明るい髪色の、整った顔立ちをした男子がいた。見たことのない顔だけど、後輩かな。

その男の子は、ため息をついてから手当て用の台を自分で探り始めた。
焦っているのか、探す手つきが荒い。良く見ると、指先からは結構な量の血が滴っていた。

――血の気が引く思いがしたが、私はすぐに衝立から外に出る。

「急にすいません! あの……手当て、します!!」

「……あんた、だれ?」

「自己紹介はあとで。とりあえず、傷口を水ですすいでください」

話すのは少し怖かったけど、彼は私の言う通りに傷口を洗ってくれた。

傷口が沁みるのか、綺麗な顔が痛みに歪む。
洗い終わると、椅子に座るように促した。

手当て用の台から消毒液、ガーゼ、包帯を用意する。
指先の傷は思ったよりは深くない。私は慣れた手つきで彼の傷を手当した。

包帯を巻いてから、彼の指を優しく手で包む。

「――早く、治りますように」

つい、いつもの癖でそんな言葉を呟いてしまった。はっと我に返り、急いで手を離す。

目の前の彼を見ると、呆気にとられたかのような表情をしていた。

「ご、ごめんなさい。とりあえずの応急処置ですけど、その、血が止まらなかったり、痛みが出たり、膿んだりしたら絶対に病院に行ってくださいね」

「わかった。あんた、名前は?」

「……星野凛(ほしのりん)です」

「星野さん、ありがとね。俺は五十嵐慎介(いがらししんすけ)。二年生」

まっすぐに私を見つめる彼――五十嵐くんの微笑みに、鼓動が早くなる。
年下なのに、不思議と大人びているような……。

「わ、私は三年生です……」

「そっか。マジで助かった」

五十嵐くんはそう言うと、立ち上がり保健室から出ていった。

不良……ってやつなのかな。カッターシャツはズボンから出ていたし、髪の色も明るかった。

血を見て思わず飛び出してしまったけど、あとで立花先生に報告だけしておかなきゃ。


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