やさしい嘘のその先に
気持ちがすっかり〝やおまさ寄り道気分〟にシフトした美千花は、家とは少し離れてしまうけれど、カフェや蕎麦屋や小料理屋などが立ち並ぶ商店街へと足を向けた。
***
最近は外を出歩くときはニオイ対策でマスクをする様にしている美千花だ。
妊婦である美千花にとって、マスクは感染症予防にもなって一石二鳥だけど、少し動くと暑くて息苦しくなってしまうのが堪らない。
「暑……」
初夏に向かって季節が移ろいつつある時節。陽の当たる場所にいると薄ら汗ばんできてしまう。
美千花は薄手の長袖ワンピースに身を包んでいたけれど、半袖でも良かったかも、とちょっぴり後悔して。
手近にあった電柱に手をついて「ふぅ」と吐息をついたところで、ふと斜め前方の喫茶店の店内に目がいった。
(……律、顕?)
律顕は暑い真夏でもホットコーヒーを好んで飲むタイプだ。
夫と思しき男性が手にしたカップもホット用のもので、コーヒーを飲むその人の顔にじっと目を凝らして律顕だと確信した美千花は、手を振ろうとして。
そこでふと彼の真正面にアイスコーヒー入りのグラスが置かれているのに気がついて、思わず動きを止めた。
そのグラスに華奢な左手が伸びたのを見て、無意識に律顕から死角になる場所へ身を潜めた美千花だったけれど。
その人の薬指には、美千花や律顕同様きらりと輝く指輪がはまっていた。
(既婚者?)
電柱の影に隠れるようにしてそっと覗き見れば、その手の主はミディアムロングの黒髪を後ろでポニーテールに束ねた女性で。
さっき蝶子との会話でも話題になった人物――。
「西園先輩……?」
だった。
思わず目にした相手の名前を口走ってから、美千花はキュウッと胸の奥が痛む。
律顕が自分以外の女性に柔らかな笑みを向けているのが、凄く嫌だと思ってしまったから。
ああして座っていると、ホワンとした印象の美千花なんかよりよっぽど。凛とした美人の稀更の方が、クールな顔立ちの律顕とお似合いに見えて。
律顕と付き合い始める前。
美千花に「僕の彼女になって欲しい」と告白をしてきた律顕に「永田さんは同期の西園さんと恋仲なんじゃないんですか?」と聞いてみた事があるのを思い出した美千花だ。
***
最近は外を出歩くときはニオイ対策でマスクをする様にしている美千花だ。
妊婦である美千花にとって、マスクは感染症予防にもなって一石二鳥だけど、少し動くと暑くて息苦しくなってしまうのが堪らない。
「暑……」
初夏に向かって季節が移ろいつつある時節。陽の当たる場所にいると薄ら汗ばんできてしまう。
美千花は薄手の長袖ワンピースに身を包んでいたけれど、半袖でも良かったかも、とちょっぴり後悔して。
手近にあった電柱に手をついて「ふぅ」と吐息をついたところで、ふと斜め前方の喫茶店の店内に目がいった。
(……律、顕?)
律顕は暑い真夏でもホットコーヒーを好んで飲むタイプだ。
夫と思しき男性が手にしたカップもホット用のもので、コーヒーを飲むその人の顔にじっと目を凝らして律顕だと確信した美千花は、手を振ろうとして。
そこでふと彼の真正面にアイスコーヒー入りのグラスが置かれているのに気がついて、思わず動きを止めた。
そのグラスに華奢な左手が伸びたのを見て、無意識に律顕から死角になる場所へ身を潜めた美千花だったけれど。
その人の薬指には、美千花や律顕同様きらりと輝く指輪がはまっていた。
(既婚者?)
電柱の影に隠れるようにしてそっと覗き見れば、その手の主はミディアムロングの黒髪を後ろでポニーテールに束ねた女性で。
さっき蝶子との会話でも話題になった人物――。
「西園先輩……?」
だった。
思わず目にした相手の名前を口走ってから、美千花はキュウッと胸の奥が痛む。
律顕が自分以外の女性に柔らかな笑みを向けているのが、凄く嫌だと思ってしまったから。
ああして座っていると、ホワンとした印象の美千花なんかよりよっぽど。凛とした美人の稀更の方が、クールな顔立ちの律顕とお似合いに見えて。
律顕と付き合い始める前。
美千花に「僕の彼女になって欲しい」と告白をしてきた律顕に「永田さんは同期の西園さんと恋仲なんじゃないんですか?」と聞いてみた事があるのを思い出した美千花だ。