やさしい嘘のその先に
「すみません、こんな格好で」

 伊藤医師から極力寝たきりで過ごす様言われている美千花(みちか)だ。
 別に切迫流産の危機だとかそう言う訳ではないのだけれど、道端で倒れた事を思うと、もう少し体力が回復するまでは彷徨(うろつ)くなと言いたいらしい。

 ほんの少しベッドのリクライニングを上げたものの、ほぼ寝そべった状態のまま客を迎え入れた美千花に、稀更(きさら)は首を振って気にしないで、と意思表示してくれた。

「私こそ急に押しかけてごめんなさい。(りつ)、あっ、――美千花さんのご主人から色々聞いてたものだからつい……」

 西園稀更は美千花や蝶子(ちょうこ)が入社した時、総務本部財務部ではなく同じ本部の枝、総務本部総務部受付課に籍を置いていた。

 腰まである艶やかな黒髪と、色白の肌、キリッと整った理知的な目鼻立ち、営業で(つちか)った話術で他の受付嬢らを束ね、教育係を任されていたのだ。

 ――『私ね、貴女達が独り立ちしたら財務部へ移動させてもらおうと思ってるの』

 そう言って、淡く微笑んだ稀更の表情(かお)を、美千花はよく覚えている。
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