ツインソウル
 一ヶ月ぶりに帰った部屋を眺めるとこざっぱりとしていて生活感がなくひんやりとしている。(弘明、ほとんど実家だったのね)
緋沙子は窓を開け空気を入れ替えた。
このあたりの気候は温暖とはいえ冬の風は冷たく乾いている。(肌がひりつく)

 少しだけ風を入れた後窓を閉め暖房を入れた。
ソファーに腰をおろし少し休憩をする。(お母さん、落ち着いてよかった)

 母親は六十代で病気一つしたことがない頑健な人であったので倒れたと聞いたときは慌てた。
実際はインフルエンザで高熱によるふらつきで倒れたのだった。
治った後、兄夫婦もいるのですぐ帰ってもよかったのだが、久しぶりの実家でゆっくりしてしまう。
弘明にもゆっくりしていいと言われたことが一ヶ月も家を空けてしまう要因になっていた。(今日はお鍋にしようか)

 二人で暖かい鍋をつつきたいと思い、緋沙子は身体を起こし買い物に出かけることにした。
結婚してこんなに離れたことがなかった緋沙子は少しウキウキして、弘明の好きな海鮮鍋の具を考えながら鼻歌交じりでマンションを出て行った。



 水仙の香りが漂う。
智樹は山の中に水仙が群をなして生えている場所に出くわした。(こんなとこあったっけ?)
何度も歩きまわしているのにこんなに水仙が咲いている場所に来たのは初めてだ。

 甘すぎず、さっぱりとし過ぎず、主張しすぎず控えめでしかし存在感を漂わせる不思議な香りは智樹を恍惚とさせる。
そして緋沙子のことをふと思い出した。(最近、図書館で見かけていないな)
緋沙子と図書館で会話を交わすことが智樹にとって楽しみの一つだった。


 十分にも満たない時間だが、もっと長い時間話しているような感覚だった。
智樹は由香里と離婚した後、実家に戻ろうかとも考えたが、浩太と由香里の関係が落ち着くまでは、いつ掛けこまれても良い様に一人暮らしをしている。

浩太もすっかり改心しているらしく新生活は順調のようだ。ときたま小春を連れて由香里が料理を運んでくれることもあった。
来るたびに由香里は申し訳なさそうな顔をする。小春は親たちの騒動を子供なりに理解しているようだ。

子供の心は繊細なのでこういう出来事が、ストレスになったりトラウマになったりしないかと少し心配はしたが、お互いに争うことも傷つけることもなく、愛情が存在していることを小春は感じ取っているらしく病むことはないようだ。

 智樹は小春と血の繋がりはないものの自分と感性、もしくはもっと深い部分が似ている気がしている。
浩太と由香里と智樹の三角形をなしていた関係において、智樹と小春が交代するのだ。
 そして学生時代から今までの青春のような若い精神から、成熟した壮年期に、ようやく入るのかもしれないと思った。
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