ツインソウル
車の塗装も終わり智樹は休憩をする。
特殊な塗装の注文で下塗りに何度も手間をかけやっと出来たときにはへとへとになった。
ここ数年の傾向で板金塗装自体の依頼数は減っているのだがマニアックな塗装やフルラッピングなどの依頼があり多忙だった。
車をいじることも運転することも好きな方だが、こう毎日『鉄』に囲まれていると山の中に行きたい気分になる。
今度、由香里と小春を連れてどこか自然を感じられるところに行こうかと思案したが、二人は遊園地に行きたがっていたことを思い出した。(混んでない時に行くか)
家族サービスの方を優先的に考えて智樹は自分の行きたいところはどこだろうかと考えた。
仕事場は山の中にあり、たまに三十分くらい散歩する。まだまだ春は遠く、枯れ枝のような葉の無い木ばっかりだ。
春先に歩いているとたまに山歩きをしている人に出会い道を聞かれたりする。県外の人も多く、少し話をすると言葉遣いやら風習や食べ物の違いなどを知ることができ楽しかった。
本で知識を得ることも好きだったが、実際に経験として色々なことを知りたいと願いつつもあまり智樹は動かなかった。
ただ気が付けば山を歩きまわるのが趣味になっており、自由に使える時間を山歩きに費やすことが多い。(ああ。本返さなきゃ)
図書の返却日を思い出して、緋沙子のことも思い出した。
淡い記憶にもかかわらず、緋沙子を意識する自分に少し躊躇ったが何も邪心がないので気楽に構えた。
ふらっと山の中を一周してからまた車の待つ仕事場へ戻った。
習慣のように緋沙子は図書館に寄った。市内で一番大きな図書館が近所にあるのはとても嬉しい。
入ってから掲示板を見て、今月のイベントやお知らせなどの情報を得る。
地元ではないこの町で緋沙子は知り合いと言えば涼香とサロンで出会う人たちくらいだった。
弘明との夫婦生活は五年になるがまだ子供はいなかった。
占いの仕事と家庭の往復、そして図書館が今の緋沙子のフィールドだ。この町では友人はいない。それが寂しいとも思わなかった。
今日も何冊か本を手にして本棚の前の椅子に少し腰を下ろす。本を吟味していると聞き覚えのある声が聴こえた。
「吉野さん?でしたっけ?」
顔を上げると奥田智樹が目の前にいた。
今日はカジュアルなポロシャツにジーンズ姿だ。
「奥田さん?」
優しそうな静かな微笑みで智樹は頷いた。小声で囁くように言う。
「なんか本の趣味似てますね。僕が読んだ本と読みたい本ばっかりです」
「読みたいのどうぞお持ちください。前回譲っていただきましたし」
緋沙子を本を広げて智樹に見せた。
「遠慮されなくていいですよ。実は前回、奥田さんが借りていた本、私が借りたかった本なんです。これからそれを借りますから」
なんとなく共有する何かを感じて二人は見つめあってしまった。
緋沙子がさりげなく目線を落とす。智樹もそれに気づき「じゃ、これ先にお借りしていいですか?」 と一冊の本を指さした。
緋沙子が渡した時に、ブラウスの袖口から腕時計のベルトで絞めつけられた赤い手首が覗いた。
「今日は着物じゃないんですね」
手首に目線をやり、すぐ逸らした智樹が静かに言う。
緋沙子はさっと手を引っ込めて「気分です」と緊張した面持ちで言った。
智樹は静かに「ありがとうございます。じゃ、これで」と頭を下げた。
緋沙子も軽く頭を下げて智樹の後姿を見送った。
智樹が立ち去った後、緋沙子は軽く息を吐き出して今の不思議な時間を反芻する。
緊張したようなリラックスしたようななんとも言えない空間の中を漂うような感覚。(本の趣味が同じでなんだか嬉しかった)
男性としての魅力を感じないわけではないが、それより良く知った友達のような印象を与える男だった。この町で友達と言える存在が皆無である緋沙子にとって、初めて友達になれるかもしれないと思う人間と出会えたような気がしていた。
特殊な塗装の注文で下塗りに何度も手間をかけやっと出来たときにはへとへとになった。
ここ数年の傾向で板金塗装自体の依頼数は減っているのだがマニアックな塗装やフルラッピングなどの依頼があり多忙だった。
車をいじることも運転することも好きな方だが、こう毎日『鉄』に囲まれていると山の中に行きたい気分になる。
今度、由香里と小春を連れてどこか自然を感じられるところに行こうかと思案したが、二人は遊園地に行きたがっていたことを思い出した。(混んでない時に行くか)
家族サービスの方を優先的に考えて智樹は自分の行きたいところはどこだろうかと考えた。
仕事場は山の中にあり、たまに三十分くらい散歩する。まだまだ春は遠く、枯れ枝のような葉の無い木ばっかりだ。
春先に歩いているとたまに山歩きをしている人に出会い道を聞かれたりする。県外の人も多く、少し話をすると言葉遣いやら風習や食べ物の違いなどを知ることができ楽しかった。
本で知識を得ることも好きだったが、実際に経験として色々なことを知りたいと願いつつもあまり智樹は動かなかった。
ただ気が付けば山を歩きまわるのが趣味になっており、自由に使える時間を山歩きに費やすことが多い。(ああ。本返さなきゃ)
図書の返却日を思い出して、緋沙子のことも思い出した。
淡い記憶にもかかわらず、緋沙子を意識する自分に少し躊躇ったが何も邪心がないので気楽に構えた。
ふらっと山の中を一周してからまた車の待つ仕事場へ戻った。
習慣のように緋沙子は図書館に寄った。市内で一番大きな図書館が近所にあるのはとても嬉しい。
入ってから掲示板を見て、今月のイベントやお知らせなどの情報を得る。
地元ではないこの町で緋沙子は知り合いと言えば涼香とサロンで出会う人たちくらいだった。
弘明との夫婦生活は五年になるがまだ子供はいなかった。
占いの仕事と家庭の往復、そして図書館が今の緋沙子のフィールドだ。この町では友人はいない。それが寂しいとも思わなかった。
今日も何冊か本を手にして本棚の前の椅子に少し腰を下ろす。本を吟味していると聞き覚えのある声が聴こえた。
「吉野さん?でしたっけ?」
顔を上げると奥田智樹が目の前にいた。
今日はカジュアルなポロシャツにジーンズ姿だ。
「奥田さん?」
優しそうな静かな微笑みで智樹は頷いた。小声で囁くように言う。
「なんか本の趣味似てますね。僕が読んだ本と読みたい本ばっかりです」
「読みたいのどうぞお持ちください。前回譲っていただきましたし」
緋沙子を本を広げて智樹に見せた。
「遠慮されなくていいですよ。実は前回、奥田さんが借りていた本、私が借りたかった本なんです。これからそれを借りますから」
なんとなく共有する何かを感じて二人は見つめあってしまった。
緋沙子がさりげなく目線を落とす。智樹もそれに気づき「じゃ、これ先にお借りしていいですか?」 と一冊の本を指さした。
緋沙子が渡した時に、ブラウスの袖口から腕時計のベルトで絞めつけられた赤い手首が覗いた。
「今日は着物じゃないんですね」
手首に目線をやり、すぐ逸らした智樹が静かに言う。
緋沙子はさっと手を引っ込めて「気分です」と緊張した面持ちで言った。
智樹は静かに「ありがとうございます。じゃ、これで」と頭を下げた。
緋沙子も軽く頭を下げて智樹の後姿を見送った。
智樹が立ち去った後、緋沙子は軽く息を吐き出して今の不思議な時間を反芻する。
緊張したようなリラックスしたようななんとも言えない空間の中を漂うような感覚。(本の趣味が同じでなんだか嬉しかった)
男性としての魅力を感じないわけではないが、それより良く知った友達のような印象を与える男だった。この町で友達と言える存在が皆無である緋沙子にとって、初めて友達になれるかもしれないと思う人間と出会えたような気がしていた。