夢を叶えた日、一番にきみを想う
家に帰って夕飯を食べ、シャワーを浴びると、俺は髪の毛をタオルで乾かしながら階段を登る。
部屋のドアを開けると、俺の部屋で祐樹がベッドの上で漫画を読んでいた。

「これ、借りてる」
「おう」

祐樹を一瞥した後、勉強机にむかう。
次回の英単語テストの範囲を確認していると、祐樹が「あのさ」と口を開いた。

「なに?」
「沙帆ちゃんって、どんな先生?」
「……どうして?」

まさか沙帆ちゃんの話題が出るとは思っていなくて、俺はほんのわずかな沈黙の後、尋ねた。

「いいなあ、と思って」
「なにが?」
「今日の帰り、絶対尚樹が殴ろうとしていたところ見てたじゃん。それなのに、怒らなかったじゃん。なんか、いいなあ、と思って」

他の先生と全然違うよな、と祐樹は付け加える。
言いたいことは、思っていることは、十分わかっていた。

中学時代から、俺も祐樹も、事あるごとに呼び出されては怒られてきた。
授業に出席しなかった時。
他校の奴らとケンカした時。

先生たちは、俺たちに事情を聞くことなく、いつもすぐに叱り始めた。

もちろん俺たちが悪かった時もある。
けれど、

「成績が悪い」
「髪の毛を染めている」

先生たちが怒っている時の言葉を聞いていると、成績や見た目で「お前が悪い」判断されていると気付いたのはいつ頃だっただろう。

結構早い時期だった気がする。

ほとんど話したことの無い先生たちも同じような言葉で俺たちを叱るから、それが“普通”なのだと思っていた。

見た目が他の生徒より派手だったり普段の態度が悪かったりで、例え自分が悪くなくても、叱られることは仕方のないことだ、と。

だからいつからか、呼び出されても反論したり「俺たちは悪くない」と言い張ることも無くなった。

そんなことをしても無駄だって、気づいたから。

でも、沙帆ちゃんは違った。

今日だって、俺は殴ろうとしていたのに、その事実は確かにあって、沙帆ちゃんだって見ていたはずなのに、

「きっと嫌なこと言われたんでしょ」

怒ることなく、何か理由があったはずだ、と思ってくれた。

偏見無しで俺を見てくれる先生と出会ったのは、初めてだった。

今日の沙帆ちゃんをみて、祐樹も俺と同じことを感じたのだろう。
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