たぶんあなたの子です? 認知して下さい!
︎✴︎


秀斗がいつものように家に帰ると、お手伝いさんが賢次をあやしていた。


「あれ? 彼女は? 」


彼女の姿が見えない。
昨夜思わずキスして、くたりと身をあずけてきた彼女との2人きりの夜だった。
だけど必ずここにいるはずなんだ。


「お電話がかかり、あわててお出かけになりましたよ」

「出かけて? 」


まさか、兄か?
と思うと、途端にぶわりとドス黒い気持ちが膨れ上がった。兄に会いに行ったのか? 
まさか、本当に? だって彼女は⋯⋯ 。

あまりに強い感情に、自分でも戸惑う。

抑えが効かないような、真っ黒な強い感情。

無言で部屋に入り乱暴にスーツを脱いだ。
頭をよぎるのは彼女の姿。
唇。
手に触る柔らかな髪。
華奢な肩、体。
顔。
目。
声。

おかしいだろう。
初めから、そうだったのに、違うから違うんだ。

なぜ。
なぜ彼女は言わない?
なぜオレに話さないんだ?

どこに行ったんだ?

賢次もオレも置いて。


✴︎


小雨が降っていた。
夜中に彼女は帰ってきた。
門の音で、すぐに中から秀斗が扉を開けた。

疲れ切っていて、傘もささずに、全身がしっとりと濡れていた。

帰ってきたら、どんなに強い言葉を言ってしまうかと考えていたが、実際にそんな姿を門灯の下で見た瞬間、秀斗は長い腕で抱き寄せ、冷えた体を少しでもあたためようと、傷ついた心をただ癒してあげたいと家に引き入れた。

お手伝いさんも帰り、賢次もよく寝ていた。

無言でお風呂に連れて行き、湯船に浸からせて、彼女は出しておいた部屋着を着て出てきた。
広い座敷の真ん中には、秀斗が賢次を見るためだろう、布団が敷いてあった。


「兄に、賢斗に会ったのか? 」


と低く聞いたら彼女は驚いたような顔をして首を振った。

ああ、そうか。顔も分からないんだったな。
そんな事も忘れていた。

その瞬間、もう何でもいいと思った。ただ、彼女を抱きしめていた。


「お金を⋯⋯  」


と彼女は言った。


「お金がひつようで⋯⋯ 」

「全部払うよ」


と秀斗が言った。


「大丈夫だ。払ってやる」

「でも⋯⋯  」


と彼女が弱々しく、それでも何とか断らないといけないと思っているのだろう、その姿を見たら、たまらなくなった。


「いいんだ! 心配事を全部、引き受けてやる。兄が戻るまで賢次は必ず面倒も見る。だから教えてくれ。全てを払い退けて、ただ君自身の心を教えてくれ」


そう言って、彼女を腕に強く引き寄せた。首筋に唇を寄せたら、彼女が震えた。

< 16 / 25 >

この作品をシェア

pagetop