偽聖女と虐げられた公爵令嬢は二度目の人生は復讐に生きる
「傷自体は治せましたが……。しばらく痛みは残るかもしれません」
王宮の二階にある神官たちが控えるリシェル専用の治癒室。以前は大神官の役職についていたエクシスが、リシェルに回復魔法をかけながらそう告げた。茶髪の端正な顔立ちの中年男性である。
今ここには、彼女のほかにエクシスの姿しかない。
「──私のせいで……リシェル様がこのような仕打ちを受けることに……。本当に申し訳ありません」
エクシスが頭を下げ、リシェルに謝る。
「いえ、お気になさらずに。誰でも間違うことはあるのですから」
そう言って、リシェルは目を伏せた。
そう、聖女の神託を下したのは、当時神殿の大神官だったエクシスだった。その時の神託では、間違いなく聖女はリシェルだったのだ。
けれどリシェルに聖女の力は出現せず、その力を使えたのはマリアだった。エクシスは神託を読み違えたと、大神官職から解かれ今はリシェル専属の治療師になっている。
ガルシャがなぜエクシスほどの神力の高い神官を治療師として自分につけたのか、リシェルは疑問に思った。しかし、恐らくはエクシスが自分と癒着していることで聖女認定したと周りに思わせたいがためなのだろうと、リシェルは読んでいた。
そして、ガルシャがどんなに暴力を振るおうとも、傷を目立たなくさせるためなのだと推測していた。
しばらくの沈黙ののち──エクシスは周りに誰もいないのを確認した。
「私は、今でも聖女はあなただと思っております」
エクシスが小声でつぶやいた。
「やめてください。あらぬ疑いを呼びます。あなたは今私がどういった立場か一番よく知っているはずです」
「……申し訳ありません」
謝るエクシスにリシェルは苛立ちを覚える。
もともと彼がリシェルを聖女などと間違った神託を下さなければ、このような状況になることはなかったのだ。もちろん、悪意があって間違ったわけでないことは重々承知している。それでも──幸せを奪ったのはこの人なのだ。
それなのに、この人はまだリシェルを不幸にしようというのだろうか。
エクシスは大神官だっただけあり、治療師としての腕は一流だった。
少し痕が残りはしたが、あっという間に痛みは消えていた。
リシェルはエクシスに礼を言うと、そのまま部屋を後にする。
エクシスが、『せめてあなたの護衛をさせてください』と申し出たが、リシェルは断った。城で護衛などをつけたら「そんなに俺が信用できないのか?」とガルシャがあからさまに不機嫌になる。
(早く、反乱の状況を確認しないと)
ふと。リシェルが二階の渡り廊下の窓から中庭を見下ろすと、聖女マリアの姿が確認できた。
そしてその隣には、リシェルの元婚約者フランツが寄り添うように立っていた。
リシェルは目眩を覚えた。
(いつの間にふたりがそんな関係に? マリアには夫がいるのに、なぜ?)
そして何より、フランツがマリアに向ける眼差しが──彼がマリアを愛していることを物語っていた。それは以前リシェルに向けてくれていた眼差しと同じだったから。
リシェルにとって、ずっと彼だけが心の支えだった。なんの根拠もなく、フランツだけはリシェルを裏切らないと思っていた。けれどそれも幻想にすぎなかったのだと、リシェルは気づかされた。
(………もう私には何も残されていない)
フランツがマリアを見つめる目は、愛しい人を見る目そのもので、リシェルは心を押しつぶされそうになる。リシェルはその場を足早に立ち去った。
その姿をうれしそうに眺める聖女の視線など気づかずに。
王宮の二階にある神官たちが控えるリシェル専用の治癒室。以前は大神官の役職についていたエクシスが、リシェルに回復魔法をかけながらそう告げた。茶髪の端正な顔立ちの中年男性である。
今ここには、彼女のほかにエクシスの姿しかない。
「──私のせいで……リシェル様がこのような仕打ちを受けることに……。本当に申し訳ありません」
エクシスが頭を下げ、リシェルに謝る。
「いえ、お気になさらずに。誰でも間違うことはあるのですから」
そう言って、リシェルは目を伏せた。
そう、聖女の神託を下したのは、当時神殿の大神官だったエクシスだった。その時の神託では、間違いなく聖女はリシェルだったのだ。
けれどリシェルに聖女の力は出現せず、その力を使えたのはマリアだった。エクシスは神託を読み違えたと、大神官職から解かれ今はリシェル専属の治療師になっている。
ガルシャがなぜエクシスほどの神力の高い神官を治療師として自分につけたのか、リシェルは疑問に思った。しかし、恐らくはエクシスが自分と癒着していることで聖女認定したと周りに思わせたいがためなのだろうと、リシェルは読んでいた。
そして、ガルシャがどんなに暴力を振るおうとも、傷を目立たなくさせるためなのだと推測していた。
しばらくの沈黙ののち──エクシスは周りに誰もいないのを確認した。
「私は、今でも聖女はあなただと思っております」
エクシスが小声でつぶやいた。
「やめてください。あらぬ疑いを呼びます。あなたは今私がどういった立場か一番よく知っているはずです」
「……申し訳ありません」
謝るエクシスにリシェルは苛立ちを覚える。
もともと彼がリシェルを聖女などと間違った神託を下さなければ、このような状況になることはなかったのだ。もちろん、悪意があって間違ったわけでないことは重々承知している。それでも──幸せを奪ったのはこの人なのだ。
それなのに、この人はまだリシェルを不幸にしようというのだろうか。
エクシスは大神官だっただけあり、治療師としての腕は一流だった。
少し痕が残りはしたが、あっという間に痛みは消えていた。
リシェルはエクシスに礼を言うと、そのまま部屋を後にする。
エクシスが、『せめてあなたの護衛をさせてください』と申し出たが、リシェルは断った。城で護衛などをつけたら「そんなに俺が信用できないのか?」とガルシャがあからさまに不機嫌になる。
(早く、反乱の状況を確認しないと)
ふと。リシェルが二階の渡り廊下の窓から中庭を見下ろすと、聖女マリアの姿が確認できた。
そしてその隣には、リシェルの元婚約者フランツが寄り添うように立っていた。
リシェルは目眩を覚えた。
(いつの間にふたりがそんな関係に? マリアには夫がいるのに、なぜ?)
そして何より、フランツがマリアに向ける眼差しが──彼がマリアを愛していることを物語っていた。それは以前リシェルに向けてくれていた眼差しと同じだったから。
リシェルにとって、ずっと彼だけが心の支えだった。なんの根拠もなく、フランツだけはリシェルを裏切らないと思っていた。けれどそれも幻想にすぎなかったのだと、リシェルは気づかされた。
(………もう私には何も残されていない)
フランツがマリアを見つめる目は、愛しい人を見る目そのもので、リシェルは心を押しつぶされそうになる。リシェルはその場を足早に立ち去った。
その姿をうれしそうに眺める聖女の視線など気づかずに。