*夜桜の約束* ―春―
「先輩?」

「やっぱり……満開の夜桜、見たかったな」

 コートの襟を立てて、少し寒そうに首をすぼめた横顔がポツリと呟いた。

「じゃあ、また約束してください」

「え?」

 自分に向けられた凪徒の鼻先に、立てた小指を突き出してみせる。

「一年後。必ず夜桜を見に連れてきてください!」

「モモ……」

 驚きを隠せない様子でも、右手の小指は吸い寄せられるようにモモのそれに絡みついた。

「一年も覚えていられるほど俺は賢くないぞ?」

「あたしが忘れませんから」

「お前もそう賢くは思えないけどな~」

「先輩~!」

 その時、水面(みなも)を走ってきた冷気を含む春風が、モモの髪を巻き上げるように吹き抜け、少女はギュッと目を瞑った。

「もう行くぞ。こんなんで風邪引かれたら俺が困る」

 大きな右手がモモの髪をクシャクシャっと混ぜた──凪徒の癖。

「五日も怠けてて、明日の公演大丈夫かぁ?」

「ご心配なく! ずっと鉄棒でのイメトレは出来てましたから!」

 ほんのり(あか)りの灯った川べりを二人の影が戻っていった。



 ──いつか……先輩の手は、あたしの手を握ってくれるだろうか?

 手首を掴むのではなく、髪をかき混ぜるのではなく……。

 ブランコの演舞で伸ばされた手に手を重ねるように、

 いつの日か、あたしの手を──。


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