我が身可愛い大人たち
今にも切れそうで、けれどギリギリ切れずにいた和真に対する情が、ぷつりと音を立てて呆気なく切れた。
美鳥はスマホを操作し、どこかに電話を掛け始める。
「ごめんね、直江くん。私、梓沢」
梓沢というのは、和真と結婚する前の旧姓だった。美鳥は彼と話す時だけ、梓沢美鳥に戻る。
《どうした? 旦那と食事じゃなかったのか?》
「……うん。すっぽかされちゃった。だから、来てもらってもいいかな」
美鳥が店の場所と名前を告げると、電話の相手、直江雅巳は《わかった、すぐ向かう》と返事をし、十分も経たないうちにレストランにやってきた。
個室のドアが開き、洗練されたスーツ姿の雅巳が現れた瞬間、美鳥は思わず瞳を潤ませて立ち上がり、フラフラと彼に歩み寄る。
そのまま縋るように抱き着いてきた美鳥の背に、雅巳は迷わず腕を回す。
「悲しい誕生日の記憶は、俺が塗り替える。だからもう泣くな、梓沢。それと、三十一歳の誕生日おめでとう」
優しく響く低音で囁かれると、美鳥の涙腺がますます刺激される。
雅巳は彼女を抱きしめる腕に力を籠め、小刻みに震える背中をさすり続けた。