我が身可愛い大人たち

 高嶺の花の美鳥が自分を選ぶことなどあり得ない。雅巳は勝手にそう決めつけ、恋心を胸に秘めていた。

 しかしある日、予想もしなかった噂が彼の耳に飛び込んできた。

『梓沢、原田先輩と付き合い始めたらしい!』
『えっ? なんで原田先輩?』
『わからん……でも告白したのは梓沢かららしいぞ』

 原田という部員は、ベンチにも入れない目立たない三年生であった。

 しかし、雅巳は知っていた。一見穏やかそうに見える彼だが、夜遅く、バスケットゴールのある公園でストイックにシュート練習を繰り返していること。

 朝は誰より早く来て体育館の床にモップをかけていること。

 常に後輩を気にかけ、部を辞めそうな者がいれば『腐るな。俺みたいなのでも、この部で得られることは数多くあった』と声をかけていたこと。

 そして実際、原田のお陰で退部を思いとどまった部員は多かった。

(梓沢は、人を見た目や評判で選んだりしないんだ……)

 雅巳はますます彼女に惹かれる自分を感じ、慌てて気持ちにブレーキをかける。

 それでも視線はいつでも勝手に美鳥を見つけるし、遠くにいる彼女の声にさえ振り向いてしまう。

 雅巳は卒業までそうして美鳥への一方的な思いを募らせ、それでも本人に伝える勇気が出ないまま、美鳥とは別の大学へ進学した。

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