我が身可愛い大人たち
「帰るんですか?」
「ああそうだ。ディナーには間に合わなかったけど、プレゼントは今日中に渡さないと」
珍しくイラついた口調で和真が言う。絵里奈は自然と、こう尋ねていた。
「私より、奥さんが可愛いから……?」
振り向いた和真は思い切りしかめ面をしており、絵里奈は自分のセリフがますます彼の気分を害したのがわかった。
(可愛いって言ってほしいだけ、なのに)
「そうだな。立場をわきまえないなら、きみのことはもう可愛いと思えない」
絵里奈の心の声を見透かし、その上であえて拒絶するかのように、和真が冷ややかに言った。
和真と美鳥の夫婦仲を壊すためだけに彼と接していたとはいえ、何度も抱き合った相手に心無い言葉をぶつけられ、絵里奈の胸に小さなひびが入る。
和真はそのまま足早に小会議室を出ていき、絵里奈は静かな室内でひとりになる。
和真との関係が悪化してしまった。作戦は失敗だろうか。しかし、時間稼ぎという目的は達成できたはず。
縋るような思いでスマホを取り出した絵里奈は、迷わず雅巳にコールした。
彼と美鳥がもしうまくいっていたら、絵里奈からの電話など確実に邪魔になるだけなのに、そのことに気づけないほど、絵里奈は心細かった。
雅巳にただひと言、よくやったと褒められたかった。