お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
「よかったら、ゆっくり話を聞きますよ。旦那さんについてもじっくり。仕事でいらっしゃらないでしょ? 場所を変えましょうか」

 嫌だ。怖い。けれど、ここで騒いで大ごとになったら? 大知さんの立場を考えたら……。

「なにをしているんですか?」

 不意に耳慣れた声が辺りに響く。そちらに視線を向け、目を見開いた。怖い顔をした大知さんが静かにこちらに歩み寄ってくる。

「あ、いえ。同僚の彼女を送っている途中だったんですが、体調が悪そうだったので」

 川島先生は、とっさに掴んでいた私の手を離す。大知さんは川島先生に鋭い視線を送りながら私のそばまでやって来た。

「本人の許可なしに体に触れて、迫るのは迷惑防止条例違反であり、軽犯罪法一条二十八号違反にあたりますよ。犯罪です」

「は?」

 あぜんとする川島先生をよそに、大知さんは彼から奪うようにして私の肩に腕を伸ばし、自分の方に抱き寄せた。

「千紗に触れるなって言っている。彼女は俺の妻だ」

 低く怒りの滲んだ声は、いつもの大知さんからは想像できないもので、まだ状況についていけない私の肩を抱いたまま彼は踵を返し、帰る方向に足を進める。

 突然現れた大知さんの存在に、おそらく川島先生も呆然としているのだろう。大知さんは彼に顔だけ向けた。

「そんなに俺について聞きたいなら、妻ではなく直接どうぞ。裁判所でいつでもお待ちしていますから」

 丁寧な口調に対し、声は冷たい。大知さんに促され、川島先生になにか言うどころか、彼の顔さえ見ずにその場を後にした。
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