お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
「……なりたい」

「千紗?」

 少しだけ腕の力を緩めた大知さんが私を不思議そうに見下ろしてくる。

「お姉……ちゃんに、なりたい、です」

 私の告白に大知さんが目を丸くした。けれど堰を切ったかのように押し殺していた気持ちがあふれだす。

「お姉ちゃんみたいに、美人で、法律にも詳しくて……それで」

 いつも綺麗で隙もない大人の女性だったら、大知さんの自慢の妻になれた? 大知さんと同じ業界に身を置いていたら、もっと彼を理解できた? お酒を飲めたら……。

『千紗ちゃんは万希ちゃんの十分の一なのね』

 わかっている。理解している。でも。

「お姉ちゃんになって……大知さんに、愛されてみたいです」

 代わりでも、二番目でもいいと思っていた。けれど本当は、ずっと大知さんに愛されたかった。

 誰かと比べてじゃない。私だけを見て。そのために、いい奥さんになるようもっとがんばるから。

 でも現実は真逆だ。大知さんに迷惑をかけた揚げ句、こんなふうに泣きじゃくって子どもみたいな態度を取って、めちゃくちゃな願望を言っている。

 愛想を尽かされてもしょうがない。

 大知さんの顔がまともに見られずにいたら、さっきの比ではないほど力強く抱きしめられた。

「なんで万希になる必要があるんだ。俺が望むのは千紗だけだよ」

 珍しく余裕のない物言いだ。とはいえ素直に受け止められない。涙声で切れ切れに反論する。
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