お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
 ちらちと隣の大知さんをうかがうと、不意に穏やかな表情でこちらを見た大知さんと目が合う。今さらなのに彼の整った顔に胸が高鳴った。

 大知さんは懐かしそうに続ける。

「ただ、千紗となにげない会話を繰り返すうちに、自分でも驚くほど素で話せているって気づいたんだ。そして誰も気づかなかったのに、俺が珍しく不調なのを見抜いて、千紗だけが励ましてくれた」

 彼の話を聞きながら顔を引きつらせる。なぜなら思いあたる節がないからだ。そんな大知さんの心を動かすような、大それた振る舞いをした覚えがない。

「え、えっと……」

 困惑する私の頬に大知さんはそっと指先をすべらせた。おかげで思い巡らせていた私の思考は中断する。

「千紗が俺に恋人を紹介してくれたときだよ」

「こ、恋人?」

 そんな記憶はない。ところがすぐに思い直す。もしかして大知さんが指している出来事はあの件かもしれない。

※ ※ ※

 我が家を訪れていた大知さんだったが、たまたまほかの家族が全員席をはずしていて、ひとりでいる彼にお茶とお菓子を出した。

 そのとき、なんだかいつもと違い元気がなさそうに思えたのだ。

 勘違いかもしれない。大きなお世話かもしれない。でも普段はあまり一対一で会話しない大知さんに、このとき思いきって声をかけた。

『あ、あの。大知さん、今少しいいですか?』

『どうした?』

 不思議そうな面持ちの大知さんを、こっそり手招きする。
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