お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
 ややあって静かに唇が離れ、解放された。大知さんの顔を見ずに、そのままもたれかかるかたちで彼の胸に顔をうずめる。

 体に力が入らず、肺に目いっぱい空気を吸い込んで、呼吸を整える。一方で、恥ずかしさで体が震え、穴があったら入りたい気分だ。

「千紗」

 とはいえ隠れるともできず、耳元で名前を呼ばれただけで胸が締めつけられる。彼の落ち着いた低い声は耳には心地いいが、心臓には悪い。

「もっと千紗に触れたい」

 ふと大知さんに手を取られ顔を上げると、彼は私の手を口元に持っていき、手の甲に唇を押し当てた。

 続けて指先に口づけられ、そのまま私を見つめてくる。

 劣情を抱かせる眼差しに心がざわめく。いつもとは違う顔を前に動けなくなった。

 その間も彼の唇が指先をなぞって、吐息と湿った感触に目眩を起こしそうだ。

 拒否する気持ちは一切ない。むしろ嬉しいくらいだ。ただ、こういうときの気の利いた返し方がわからない。

 硬直したままでいる私を不審に思ったのか、大知さんが一度私の手を離し、顔を覗き込んできた。至近距離で彼と目が合い、羞恥心で頬がかっと熱くなる。

「あ、あの……」

 結局、言葉が続かず金魚のように口をパクパクした後、私は小さく頷いた。

 すると大知さんはどこか安心した面持ちで優しく微笑んだ。その顔に見惚れていたら両頬を包むように手を添えられ、額に口づけを落とされる。
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