お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
「そういえば千紗が大学生の頃、一度裁判の傍聴に来たことがあったな」

 まさか大知さんが覚えているとは思っていなかったので、懐かしそうに話を切り出され正直驚いた。

「あのとき裁判中はいざ知らず、そのあとも完全に他人のふりをされて少し寂しかったんだ」

 どこまで本音なんだろう。当時の妙な気恥ずかしさまでよみがえってきてむず痒い。

「た、他人のふりと言いますか。お仕事中の大知さんに声をかけるのが申し訳なくて」

「俺と知り合いだって知られたくないのかと思った」

「そんなわけないじゃないですか!」

 あまりにも想定外の切り返しをされて、即座に否定する。勢いで声が大きくなり、我に返って肩を縮めた。

 大知さんの言い分が理解できない。それを言うなら彼のほうだろう。

 じっと大知さんを見つめていたら不意に彼と目が合う。

「不思議だな。千紗とこうして結婚しているなんて」

 穏やかに告げられ胸が高鳴る。

「それは私のセリフです」

 あの頃の私には絶対に想像できなかった未来だ。

 朝食を済ませ、てきぱきとお弁当の準備をしてから自分の支度をしつつ大知さんの見送りだけは欠かさない。

「いってらっしゃい」

「ああ。千紗も気をつけて」

 さりげなく彼の手が私の頭にのせられる。いつもは言葉を交わすだけなのに、こんな些細な触れ合いで気持ちが舞い上がる。

 私も仕事を頑張ろう。

 大知さんが行ったあとで改めてスマホを確認すると、彼の言っていた通り姉から着信とメッセージが送られていた。
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