お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
『千紗? まだ買い物しているのか?』

 切羽詰まった声で問いかけられ、責められていると判断する。

 メッセージを送っていたものののんびりしすぎていたかもしれない。思わずその場で頭を下げる。

「遅くなってすみません。あの、もうすぐ終わらせて帰りますから」

『なら迎えに行く』

 早口で謝罪を口にしたら、彼から冷静に返される。しかし今度は違う意味で血の気が引いた。

「大丈夫ですよ! いつものスーパーですし、たいして買い込んでいませんから」

 迎えに来てもらうほどの距離でもないし、仕事から帰って疲れている大知さんにそこまでさせるのも申し訳ない。

『そういう問題じゃない』

 そんな気持ちで断ったのに、大知さんには伝わらないようだ。あれこれ考えを巡らせ彼にお願いする。

「あの、迎えは本当にかまいませんので、もしよかったら冷蔵庫の下の段に浸け置きしているお肉があるので出しておいてもらえますか? ご飯はタイマーをセットしているので、帰ったらすぐにご飯にしますね」

 少しだけ間が空いて、大知さんがため息をついたのが受話器越しに伝わった。

『……わかった』

 彼の反応に安堵し、手短に電話を切り上げて帰りを急ぐ。

 足早に家路につきながら内心で反省する。

 大知さんが早く帰るのは珍しいのに、待たせるわけにはいかない。彼を支えるために結婚したんだから。

 息をやや切らして門をくぐり官舎の敷地内に入る。そこでこちらに向かってくる人影が目に入り、反射的に身構えた。
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