お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
「千紗」

「だ、大知さん?」

 ところが名前を呼ばれ、すぐに相手が判明する。続けて私は駆け寄った。

「どうされました?」

 大知さんは、さりげなく私の持つ荷物に手を伸ばし、引き取ってくれた。

「もう遅いし、心配になったんだ。今日はそこまで仕事が押さなかったから、買い物が必要なら俺も一緒に行けばよかった」

 どうやら私を心配してわざわざ外まで出てきてくれたらしい。彼の優しさが嬉しい反面、なんだか申し訳ない。

「千紗は昔から、男に声をかけられることが多かったから」

 続けられた彼の指摘にぐうの音も出ない。その通りで、『道を教えて欲しい』から始まりナンパまがいまで、なにかと声をかけられる体質だった。

 姉は声をかけられても颯爽とかわし、むしろあまり声をかけられないそうだ。

「すみません、ご心配をおかけして」

 私の持つ雰囲気なのか。なんだろう、そんな簡単になびくと思われるのかな?

「もっとしっかりした佇まいときっぱりとした態度を心がけますね」

 彼の空いているほうの手を包むように両手で握る。余計な心配をかけさせないようにしないと。

 誓う意味も込めてつい大知さんの手を取ったが、ふと我に返って彼の手を放す。ここは官舎で、へたすれば大知さんの職場の人に見られてしまうかもしれない。

 けれど大知さんは離れた私の手を再度掴まえて強く握った。

「千紗が無理する必要はない、そのままでいいんだ。……俺が守るから」

 大知さんは私を見て穏やかに笑った。
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