お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
 いちいち言うほどでもないの? 仕事の用件? それとも……姉と電話していたのを私に知られたくない?

 盗み聞きをしていたのもあって聞きたくても聞けない。言い知れない寂しさに包まれ、自分から大知さんに抱きついた。

 今日は朝に軽くキスされただけだ。もっと触れてほしい、触れ合いたい。そばにいたい。

 私だけの……妻としての特権だと考えるのは間違えている?

 いつも通り優しく頭をなでられるが、私の心は乱れっぱなしだ。そのまま沈黙がふたりを包む。

 数秒にも満たないこの時間がおそろしく長く感じた。こらえきれずなにか言おうとしたそのとき、ふと彼のデスクが改めて目に入る。

 私が置いたトレーの先にはつけっぱなしのパソコンとともに、いくつもの本が積み上げられ、なにか書きかけのものまである。

『大知くんに心配や迷惑をかけないようにね』

 突然勢いよく体を離した私に、大知さんは虚をつかれた顔になった。すぐさま彼から視線を逸らす。

「すみません、お忙しいところ。その土曜日の件、お伝えしましたから。私、先に休みますね」

 一方的に告げて彼に背を向けた。

「千紗」

「おやすみなさい、お邪魔しました」

 大知さんに呼び止められたが振り返れなかった。きっと姉なら大知さんの状況を把握して、あんな子どもじみた真似はしない。

 お姉ちゃんだったら……。

 大知さんは仕事が忙しくて、家でも作業や勉強に追われて、大変なんだ。そんな彼の妨げになるわけにはいかない。いい奧さんでいないと。
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